「あなたが人生を存分に楽しむことが、周りにとっても幸せです―父の長火鉢」

 

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クライアントさんがご家族のお話をするのを聞いていて、

ふと思い出したのですが、

父が、仕事で出席した長期研修から帰ってきたときがあったのです。

確か、福岡だったと思うんですが。研修場所は。

 

 

 

そのときの父の様子が、あきらかに違ったんです。

一言で言うと「テンション、高!」。

 

 

福岡でいい仲間に出会い、その仲間たちと1週間?2週間?

(もはやはっきりとは覚えていないんですが)

みんなで頑張ってきたんだな、

いいチームが出来たんだな、

 

 

というのが、今思えばよくわかる雰囲氣でした。

父は上機嫌で、焼酎を飲みながら、見たこともないいろんな人(仲間)

のことを語り、語り、語り…。

ああ、違う世界を見てきたんだな~、というのが

よくわかりました。

 

 

どんなに父が盛り上がっていたかというと、

それから数日たって家に届いた巨大な箱状の荷物。

 

研修終了後、福岡の街で仲間たちと遊び、

そして大好きな骨董品やさん巡りもしたらしく

大きな四角い火鉢(木製の。時代劇でよく見る形)まで

買ってきてしまっていたのです。

(どんだけ氣持ちが大きくなっていたのだ、父よ)

 

 

 

他にも、細々と、矢立なども買ってきていたような。

母、そこに関しては無言。

秘かににんまりしたのはわたしだけ。

(父と一番趣味がかぶっていたのがわたしだったもので)

 

 

 

 

わたしが小学生の頃の話です。

細かいところは本当にもう覚えていないのですが

でも、とても鮮明に覚えていることがあります。

 

 

それは「感覚」。

 

 

この出来事は、わたしにとって、とても幸せで、

楽しくてたまらないという満ち足りた「感覚」で満ちているのです。

 

 

 

 

父の顔。

何を言ったかはもはや、全く覚えていませんが、

得意げに語るその調子。

 

数歳若返ったような、

そう、まるで若者のような父の高揚した「存在感」。

きっと、その研修は、父にとって

存分に自分の力を自分らしく発揮できた場であったのでしょう。

それは、わたしたち家族にとっても、

ほんとうにほんとうに幸せな時間であり空間であり、空氣でした。

 

 

仕事でも、そして人生においても、悩んだ期間も多かった父で、

その時期も子どもながらにしっかりと見、

そのときの薄いブルーに沈んだ湖の底のような

家の空氣も存分に味わって育ちました。

 

 

 

それだけに。

父が笑っているということ。

本来の父であること。

(本来の父は、頭がよく、学ぶことが好きで、

社交性にも企画力にも富んだ、なかなかの『出来る男』でした。多分…)

 

その質そのままでそこにいる父の存在を感じることが

ほんとうに嬉しくて、楽しくて幸せでした。

 

 

ちなみに、うちは6人家族。

そして、多分この頃は弟が生まれたばかりで、乳飲み子状態でしたが。

いや、母はもしかしてお腹が大きかったかな。臨月?(笑)

父よ…よく行った!

 

 

 

 

 

ここまで書いて。

あの時の父は、とくにわたしにとっても誇りなのだな、と今

思い至りました。

 

 

 

そして

今日のタイトルへと行きつきます。

「あなたが幸せなら、あなたの一番大切な人たちも幸せ」

 

 

どうぞ、

自分を生きることに。

自分を存分に表現することに、躊躇しないでください。

遠慮しないでください。

氣は使わないでください。

 

あなたが幸せで

笑っていたなら。

あなたがあなたの人生を存分に生きていれば、

あなたから醸し出される

その生き生きとしたあたたかな波長を全身で浴びて

あなたの大切な人も幸せです。

 

 

そしてそれこそは、

大切な人の身体に染み入り…

一生を鼓舞し続ける。

あなたが大切な人たちへ手渡せる

何よりの、そして消えることのない財産なのです。

 

 

 

「自分の響きを奏でて生きる

― 立春~春分の日・期間限定体験セッション」

 

「あなたがあなたの人生を存分に生きれば

それであなたの大切な人も幸せ」

「だからこそ自分の本質を存分に生きる・形にする」

 

それをわたしも形にしたく、このセッションを作りました。

わたしがコーチとなってから、ずっと真ん中にあり、大切な軸となっている部分でもあります。

 

 

立春を過ぎ。
ベランダの前の桜の木の芽も、一見変わりはありませんが
でも静かに、着々と準備を進めているのが感じられます。

この、来るべき春への準備の時期のために作った

特別体験セッションでもあります。

 

「あなたが何より自分を存分に生きることが、周囲への貢献」

 

だとおもう方はぜひクリックを!

サイトへ訪れてください。

「自分の響きを奏でて生きる~
 立春~春分の日・期間限定体験セッション」

https://peraichi.com/landing_pages/view/kanaderu

●期間 ~3月21日(春分の日)まで
 

「変われる、変われない、の違いは能力ではなく」

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着々と変化を続ける
とあるクライアントさんのお話。

「変化は小さく、ゆっくり、一歩づつ」
https://submitmail.jp/front-backnumbers/detail/4744/7

「自分の中の変化を止める『堰』をはずす」
https://submitmail.jp/front-backnumbers/detail/4744/8

簡単に流れを。

このクライアントさん。
自分も氣づかぬ無意識の奥底に
こんな「ビリーフ(信念・思い込み)」を持っていた。

「一度手放すと、わたしの人生には、もう二度と、よいものはやってこない」。

なので、
モノをはじめ、予定、関係性…
つい、抱え込んでしまう。

いつも元氣なこの方の、
足元に、だぶん静かに密かにまとわっていたこの「おもり」。

それを
書き換えた。

「わたしが楽しんでいれば、
いつでも、欲しいときに、欲しいものがやってくる」
(昨日のセッションで、進化したバージョンです)

この新しい
「人生ルール」のおかげで
この方、現在本当に軽やかです。

昨日は、
「長年の宿題なんです」
とおっしゃっていたものを、わずかな時間で
スタート。

さて、前回、
「言葉を変えれば、人生は変わるのか?」

と書きました。
答えから言いますと、
「基本、Yesです」ということに触れつつ。

今日は、
もっと大切な、本質的なことについて、先に書きたいと思います。

「Yes」であるためには
大前提があります。

それは「一致感」。

「新しいビリーフ」が、
自分の思考はもちろん、
感情レベル、
身体レベル、
そしてもっと深い…
あえていえば「魂レベル」。

その、
すべてで、がっつりと一致していること。

誰かに言われた、とか
身体は嫌がっているけれど
こうしたほうが得だから、
とか

こうすべきだから、
普通はこうだから…
と言ったような。

そういうレベルから出てきたものではない、ということが
大前提です。

「それはあなたの本当の言葉か?」

コーチングでは、
とにかくこの「一致する感覚」というものを大切にします。

目標を定める時も。
具体的な行動を決める時も。
今回のように自分の「軸」を定めるときも。

大切なのは
自分自身の深いところとの「一致する感覚」。

セッションをしていると
例えば、

「わたしはこうなりたい」

という…いわゆるゴールを定めるのに、
その人に全くそぐわないゴールを決めようとする場面に、
行き合ったりするものです。

それはまるで、
ペンギンが
「速く走りたい。ダチョウに勝ちたい」
と言っているかのような。

そして、
陸に上がって「努力」なんかしようとしたりする。
それは
「毎日100Mダッシュを練習するペンギン」
くらい「合っていない」ものなんですが。

本人は、案外
そしてかなりな高確率で
それに氣づかない。
(まさに「自分のまつげは見えない」なのです)

「持って生まれた本質を存分に発揮する」。

それがすべてです。
わたしたちは、そのために生まれてきました。

ペンギンは
流線型の身体で、
キラキラ輝く銀の弾丸のように水を切り裂く。
自由自在に水の中を飛び回る。

それがもっとも美しく、
そして力を発揮している瞬間。

自分だけでなく、
周囲をも幸せにする瞬間。

自分を生きる、とはそういうことです。

今日のタイトル。
「変われる、変われない、の違いは能力ではなく」。

そう。

違いは能力や意思の力ではない。
では??

それは、
「自分自身を知っていること」。

「自分の『真実のゴール(リアル・ゴール)』を見つけられること」
「自分の本当の聲を聴けること」
「自分の身体の発するメッセージを聴けること」
(一致・不一致のメッセージは身体感覚と感情を通してやってきます)

みずみずしく。
やわらかく。
「自分自身と深くコミュニケーションできる力」

そこにこそ、違いはある。
そことアクセスできたら変化は自然にやってくる。
そう思います。

そして、
究極、コーチングの目的は、
いついかなるときも、
最もしっかりと、自分に一番合った道筋で
自分自身を導いてくれるところの
「羅針盤」である、

「自分自身とのつながりの回路」。

それを
太く、太く、
開き、磨くことなのです。

羅針盤はいつもあなたの中に。
あなたの行く先を示す旗は、
いつもあなたの中の青空に、燦然とはためいています。

*    *    *

2月4日。立春のよき日。

今、クライアントさんの事例で紹介している、
このセッションの
【体験セッション】の募集を開始します。

スーパーブルーブラッドムーン&皆既月蝕を経て、
いよいよ節分、立春。
そして、
「日本人の流れは節分で切り替わります」
(by 知り合いのエネルギーワークの先生)

・「自分の『リアル・ゴール』を見つけること」
・「自分の本当の聲を聴けること」
・「自分の身体の発するメッセージを聴けること」

自身の羅針盤の針を磨くこと。
定めた方向に向かって、風を受けて進むこと。

そんなところにご興味ある方は
ぜひ、楽しみにしていてください。そしてご参加ください。

 

「変化をとどめる『堰』を外すと人生はいっきに流れ出す」

 

 

前回の
「捨てられない」クライアントさん。
(「変化への一番の早道は「小さく静かに」)
https://ameblo.jp/businesskouko/entry-12346001951.html

モノを捨てようとすると、なぜか、
「反する心」がわいてくる。
「持っていなければ」と無性に思う。

この方、
ご本人も氣づかない心の奥底に、
「ルール」
を持っていた、と書きました。

「一度手放すと、わたしの人生には、二度とよいものはやってこない」

客観的に見て、これが事実かというと
そんなことはありえない。

もし、大切な家族や友達が
こんなふうに言ったとしたら、
みなさんも
「何言ってるの。そんなことないよ!大丈夫!」

と声を大にして言うことでしょう。

この「その人独自の人生ルール」を
コーチングでは「ビリーフ」
と呼んだりします。
信念。

このビリーフ。

人生で味わった強烈な体験、
小さいけれど、毎日毎日繰り返され続けた体験、

などによって、作られます。

五感を通して、身体レベルで染みついたそれは、
自分自身も氣づかない
深い無意識の底で働き続ける。

それはもう、頭(意識)が太刀打ちできるものではない。

意識と無意識の関係は、
まさに
海に浮かぶ氷山の
「てっぺんと水面下」
の関係そのものですから。
 (無意識がものすごく大!)

さて、この方。

「一度手放すと、わたしの人生には、よいものは二度とやってこない」

このビリーフが出来た過去の瞬間に遡ってみました。
すると、そこにいたのは、

学校から帰ると、
大切なあれもこれもない。
お母さん、どうして捨てたの!

悲しみ、怒る小さな自分でした。

よくある光景です。
片付けせず、親に強制執行される(笑)

大人になってしまえば
「そんなことか」なのですが、
その時のその方にとっては
大きなことだったのでしょう。

「大切なものは二度と帰ってこない」。

身体に嫌というほど刻み込んだ衝撃に従って
その方は、大切だ、と思うものを
大人になってからも
すべて「目に届くところ」に置き続けたのでした。

小さい頃は役立ったかもしれないけれど、
今はもう、必要のないビリーフ。
自分の足を引っ張るようになってしまったビリーフ。

誰でもが大なり小なり、
持っているものです。

どうする?

この方は、
書き換えました。
自分の人生を軽やかに前に進ませるものに。
 ↓

「全部持っていなくても大丈夫。
大事な物だけを持っていればそれで大丈夫!」

大人になった今。
日々を存分に楽しみ、
自分の「生み出す力、出会う力」を心から信じている、
この方らしい新しいビリーフです。

そして、前回の内容に続く。
(捨てられました!
 こんなに簡単でいいんですね!のご報告)

お一人お一人のセッション。
セミナー。

すべてを通していつも感じるのは、

「人が、本来の自分に還っていく」プロセスに
私は立ち会っている、
という感動です。

人が、
本来の自分が持つ豊かな力に、
自由自在につながる回路を開くプロセス。

望む人生を軽やかに生きる、
エネルギーを取り戻していく過程、
といいましょうか。

「堰を外す」
ことは、その過程で多くの人が
体験する大切なプロセスです。

次回は、「変化すること」において
もう一つ欠かせないことについて。

この記事を読んで
「言葉だけ変えればいいの?それでうまく行くの?」
と思った方。

そうなのですよね^^。

*    *    *

2月4日は立春です。

新年は1月1日からですが、
「日本人の流れは節分で切り替わります」
(by 知り合いのエネルギーワークの先生)

ということで、
この、よき日から、
この個人セッションの体験の募集をスタートします。
いろいろお読みいただき、興味をもっていただいた方は、
どうぞ、この機会に体験なさってください。

詳細は次回にご案内します。

「変化の一番の早道は『小さく静かに』」

 

 

 

「今年は300%動く」
と宣言。

そのために
まずはモノ、ことがら、すべて
…いらないものは手放す!

と決めたクライアントさんがいらっしゃり。

「まずは手始めに、モノからです!」

と。
多分、ご自分の座っている居間を見まわしつつ
おっしゃっているであろう氣配を
ヘッドセット越しに聞きつつ。

これまでも何度か挑戦した、
いわゆる「断捨離」。

捨てようとすると、なぜか行動が鈍る。
ムラムラと「反する心」がわいてくる。
「持っていなければ」と思う、のだそうです。

さて。
その「ムラムラ」の奥底を見てみると、
この方、
こんな無意識下の「ルール」を
持っていることがわかりました。
(専門用語では「ビリーフ」と呼んだりします。
信念、のことですね)

「一度手放すと、わたしの人生には、よいものは二度とやってこない」
「大切なものからは、目も手も絶対に離してはいけない」

その日のセッションが終わり、
翌日。

「一夜明けて、今の感じはいかがですか?」

と聞いてみました。
こんなお返事が。

「公子さん、
おはようございます。
早速、本棚と引き出しの中の服から、
少し捨ててみました。

好きな曲を流しながら、
1曲目で本。
2曲目で服。

曲の5分程度の時間内でパパッと決めて、
というのが私にはすごく合っていて楽でした。

結果、
単行本をメインとして15冊程度
服は10枚くらい捨てられました。

所要時間10分というのと、
『捨てたい』という感覚もあまり湧かないくらいの量なのが
今の私にちょうど良い、
とご機嫌でした。

今朝の気持ち、
という程、大きな変化を感じているわけではないけれど、

―こんなに簡単なことなの?
断捨離せねばー!
と小鼻を膨らませていたけれど、
この程度を繰り返していけば良いのなら、
大した事ないのかも。
…いけんじゃね?―

みたいな感じでしょうか。

昨夜のワーク。

あれだけで、私の中に根っこを張っている
「捨てたくない」気持ちに変化があるのか??
と思ったけれど。

確かに軽くなっている感じがします。
別人のようにはならないけれど、少し軽くなっている」

どかん、と変わりたい。
一氣に自分の人生をバラ色に変えたい。
わたしたちは往々にして、
そう望みます。
(わたしもそうです)
そして、変われない自分を責める。

けれど。
人の身体が変わるのは、
「思考(意識)」よりずっと遅いのです。
そういえば、

最近の人は
身体を待ってあげられない。

というような意味のことを、
内田樹さんがおっしゃっていましたっけ。

そして
人は身体が動くより早い速さのことをしてはいけない、
というのは、大地と生きて30年。
有機無農薬専業農家のうちの姉の口ぐせ。
(姉と内田樹さんを並べるのもおこがましいですが)

身体。
そして、身体と直結する「無意識」が
最も大切にするのは、
「変わらないこと」。

身体に備わった
「恒常性維持機能(ホメオスタシス)」。
その役割は、
私たちの命を「安全に保つこと」。
身体にとって
変化=危険。

ですから、
急激な変化を嫌います。
全力で邪魔します。
急に変わろうとすると、それだけ抵抗も大きい。
ゆり戻しも大きい。
(急なダイエットのリバウンドしかり)

わたしの、その方への返信。

「それでいいと思います^^
小さな一歩。 
無意識が氣づかないくらいの。

―え?こんなもん?これでいいの?―
というくらいの小さな変化を
積み重ね
積み重ね
積み重ね… 

それがいつしか 氣づくと、 

―以前と違うところに立っていた―。
 
それが変化の最も早道です」

小さく
小さく
静かに
静かに

身体を(無意識を)だまくらかしながら
ホメオスタシスをだまくらかしながら

そして、いつしか、遥けき地平に立つ。

さあ。
あなたもどうぞ
まずは今日の「小さな一歩」から!

※追伸
この「小さな一歩」。
「ベイビーステップ」とかつて習いました。
「赤ちゃんのはじめの一歩」。
「熱が40度あってもできること」。

それくらい「小さな一歩」だそうですよ!

*    *    *

今日のクライアントさんが受けてらっしゃる
セッションはこちらです
   ↓   
◆「今日をスッキリ整理して、明日への風通しをよくするセッション」◆
https://peraichi.com/landing_pages/view/thanks-minasama
 毎日の生活の中のちょっとした「氣になること」「終わっていないこと」
 がわたしたちから奪っているエネルギーは案外大きいもの。
 それらを「見返し、整理し、手放す」ことで、注ぎたいところへ
 エネルギーを注ぐ準備を!

次回は、
この方の「ビリーフ」に
変化が起こったのはなぜ?
のお話を。

*    *    *

◆「自分の人生を存分に生きる人のためのコーチングセッション」◆
https://peraichi.com/landing_pages/view/sekai
 今まさに、「旅立ちの鐘の音を聞いている人」のためのセッションです。
 自分が発揮すべき特質を明確にしたい方。
 自分の人生の軸を明確にしたい方。
 自分の中に今ある方向性をさらに開花させ、前へ進むための後押しが欲しい方。

◆「コミュニケーションスキルアップ講座」◆

https://www.c-work-kagoshima.jp/kagoshima/eventc/2899
 ・2月20日(火)鹿児島商工会議所ビル 
 知識の習得と身体トレーニングの場。
 大学生・短大生・専修生・35歳未満の若年者・40歳代前半までのフリーターの方 
 ※在職中の方も参加可

「江戸時代まで、「からだ」というのは『死体』のことでした

 

 

 

江戸時代まで、「からだ」というのは「死体」のことでした。
では、生きている人の身体のことは何と言ったかというと

「身(み)」。

「この身ひとつでお供します!」
なんてセリフ、時代劇でありますね。
この場合の「身」というのは、身体のことだけを指すのではない。

「この人についていく」

という覚悟や思い。
そんなものも含まれている感じがしませんか?

かつて、わたしたちのご先祖様は
「からだ」と「こころ」を分けていませんでした。
分ける、という概念すらなかった。
それらは分けることのできない一つのもの、でした。

では
いつから分けるようになったのか?

「身体を鍛える」
「あとウエストを5センチ…」

の言い方のように
からだを「モノ」として切り離し、
減らしたり増やしたり、とってつけたり削ったりできるような…
そんな「対象として」見るようになったのでしょう?

わたしにもよくわからないんですが
一つ思い出す話が。

幕末♪
近代的な軍備の薩摩・長州に対して、
遅れた幕府側、というイメージがありますが
どうしてどうして。
幕府も実は、着々と近代化を進めていました。

「幕府歩兵隊」。

フランスの教えを受けて作った軍隊で、新式のシャスポー銃を備え
日本でもっとも進んだ軍隊のひとつでした。

で、
この歩兵隊、
フランス軍事顧問団のもと
「体操」を取り入れた。

整列して歩く。
それまでの「なんば歩き」から、
集団で、手足を交互に出す歩き方へ。
そして、身体能力を高めるための各種体操。
(はじめは、まったくなじめなくて
しっちゃかめっちゃかだったらしいです)

それまで日本には、
武道でも、演劇でも…およそ、身体活動において
「準備運動、体操」や「発声練習」といったものは
存在していなかったわけで。
(居合の先生と、それからお能出身の演劇の先生にきいた話)

とにかく
「二頭筋をもっと…」とか「腹筋を…」というこの
「バラバラに考える」感覚。
整列する、という「身体の、モノ化」。
これらは西洋文明とともに(そして戦のために)
日本に入ってきた、と。

そして、学校体育へまんべんなく広がり、はや150年。
今に至る。

さて。

世の中の事象を切り分け、
細分化し探求することで発展してきた科学や医学。

それらの恩恵を、感謝と共に十分に受けとりつつ
わたしたちは今、

「ひとつであること(全体性)」

について
再度とらえなおすときに来ている氣がします。

他の人との、コミュニケーション。
自分自身とのコミュニケーション。
自分の人生を愛して、
自分の本質を存分に世に表現するということ。

そのことと、自分自身のからだとのつながりは欠かせません。

からだはわたしたちの深い無意識とつながっています。
そこには、思考だけではたどりつけない
「真の答え」が眠っている。

全体性。
こころとからだ、すべてを含めた深いところでの一致感。
しっくり感。

そういったものが、
これからはわたしたちを「真の自分の生き方」へと
導いていくことでしょう。

☆彡  ☆彡  ☆彡

意識の奥にある広大な無意識の海に漂うわたしたちのリソース(資源)。
そこへ至る道しるべは
「頭(=知識・思考)」
ではなく
「身体の感覚(=感情)」

わたしたちは、自分が思うよりずっと身体(感覚・感情)に左右されています。
頭で「最高の方法だ、やろう」と思っても、身体(無意識)が納得しないとき、
なかなか実行できません。
    ↓
    ↓
    ↓
◆☆◆「自分の人生を存分に生きる人のためのコーチングセッション」◆☆◆

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◆☆◆「コミュニケーションスキルアップ講座」◆☆◆
https://www.c-work-kagoshima.jp/kagoshima/eventc/2899
 知識の習得と身体トレーニングの場。
・大学生・短大生・専修生・35歳未満の若年者・40歳代前半までのフリーターの方 
・在職中の方も参加可
・2月20日(火)鹿児島商工会議所ビル 

「2018年へ向けて~自分のテーブルには、自分の一番大切なものから並べよう」

 

 

 

大掃除。

今年は本を処分したいな、と思っていたんですが、なかなか選べず、

「ブックオフに持っていく本を入れる袋」
に入った本はほんのわずか。

「ああ~、(全然スッキリしない!)」

と嘆いていたんですが。

詰まった本棚を見ているうちに、この忙しい中
無性に模様替えまでしたくなり。

移動させるには中身を全部出さなくてはいけないので、
部屋の床を本だらけにして、
棚をあっちへ、こっちへ。

風の通る窓の横。
一番氣持ちのいい場所にすっくと本棚を置き、
ピカピカに磨き上げ。
さあ、この最高のしつらえに、どの本を並べようか。

そう思ってくるりと部屋中を見まわしたときに、
一番初めに手に取った本は、
自分でも意外な本でした。

「あ、それ!?」

…身体(無意識)って正直です。

それからは、心の向くまま氣の向くまま。
今自分が、そこにいてほしい!と思う本を選んで、
丁寧に並べていきました。

これは装丁が大好きだから特等席のここ。
これは一番身近に置きたいから手の届くここ。
一冊ずつ、拾い上げ、埃を払い、表紙をきゅっと拭いて。

それはまるで、土の中から宝石を掘り出すような。
自分にとって本当に大切な宝を見つけるような、
そんな時間でした。
とにかく、なんと幸せな時間だったこと!

コーチングの中に
「スペースを空ける」
というスキルがあります。

物でも「やること」でも
とにかく、
たくさん持ちすぎている!山積み!息が詰まる!
というときに、クライアントさんにこう言います。

「まずは、あなたの机の上にあるものを、
いったん全部、なくしてみませんか?」

わたしの好きなイメージは
「ガガガガ…」と、ブルドーザーのように
机の上にあるあれやこれやを、とにかく全部、
いったん下に落とすイメージ。
(落とした床の状態を考えるのが怖くて…
という方にはこのイメージはおススメしません)

そうしてできたまっさらな空白を「見て」、
深呼吸して、存分に味わったら、
こう続きます。

「一番大切だと思うものから順に、
ゆっくりと、一つずつ、机の上に戻していきましょう」

…これをすると、自分にとって、本当に大切なもの、がよく見えます。

惰性でもなく。
しないといけないから、でもなく。
「今の自分」にとって最も心惹かれるもの、
エネルギーを注ぎたいものは何か、が
よくわかります。
自分が本当に欲するものが。

わたしの本。
後生大事にとっておいたけれど。
本棚の一番いいところを占領していたけれど。

氣づくと今の自分にはもう「旬」ではなくなっていたもの。
そぐわなくなっているもの…
などがぽつねん、と(しかも結構な量が!)
残されていました。

そして本棚はピカピカ!
発しているエネルギーが違う。

自分の机の上には、
一番大切なものから並べよう。

あなたの空白には、
あなたにとって一番大切なものから入れよう。

わたしたちの時間は。
エネルギーは。
本当に大切なことに使うためにある。
自分を生きるためにあるのだから。

さあ、新しい年がやってきます!

◆☆◆「今日をスッキリ整理して、明日への風通しをよくするセッション」◆☆◆
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 新しい年のスタートアップに。
 毎日の生活の中のちょっとした「氣になること」「終わっていないこと」
 がわたしたちから奪っているエネルギーは案外大きいもの。
 それらを「見返し、整理し、手放す」ことで、たくさんのエネルギーが戻ってきます。

◆☆◆「自分の人生を存分に生きる人のためのコーチングセッション」◆☆◆
https://peraichi.com/landing_pages/view/sekai
 今まさに、「目覚めの鐘の音を聞いている人」のためのセッションです。
 自分が発揮すべき特質を明確にしたい方。
 自分の人生の軸を明確にしたい方。
 自分の中に今ある方向性をさらに開花させ、前へ進む後押しが欲しい方。

「新人研修旅行はドバイ。レッツ0泊3日!(に込めた社長さんの思い)」

 

 

 

先日、クライアントさんからお聞きした話です。

東北のボランティアに行った際

現場でとある会社の社長さんにと一緒になった。

 

一緒に泥を掻きだしながらいろんな話をした。

そのうち、社長さんの会社のこともいろいろわかってきた。

 

 

「ポンプをつくる会社の社長さんだったんですよ。もうすごくパワフルで…」

「へえ~、ポンプですか」

「でね、その社長さんの会社がすごいんです。研修旅行、ドバイなんです」

「ドバイ~!?(つい大声)」

 

 

(こんな感じですか?ドバイ)

 

 

何て剛毅な、と一瞬盛り上がりましたが(笑)

その旅はなんと0泊3日。

ドバイに、自社の作ったポンプを見に行く弾丸ツアーなのだそう。

 

自社で作った一番立派なポンプをみんなで見に行く。

ああ、なるほど

…なんとなんと素敵な社員旅行なんでしょう。

 

 

 

 

ポンプが立派に仕事をして、

それが、遠い遠い地で、そこの人々の生活に役立っているところをその目で見る。

今、自分が組み立てるこの一つの部品。

今、自分が磨くこの一つのねじ。

今、自分が書くこの一枚の書類。

それらが、どんなふうに世の中と関わり、人々を潤しているかを知る。

 

 

 

 

「『その先』を知る」

「『その先』が見える」

それは、

何かを為すときに、とても大切なことな氣がします。

 

 

 

人というのは、

そういう生き物です。感情があります。心があります。

思いの力によって、

同じ条件下でもまったく違う結果を出すことが出来るのが人間です。

 

人を動かすのは(燃え立たせるのは)理屈ではなく、最終的には感情です。

身体で感じる、強い感情を伴った感覚です。

                                                                

 

 

 

 

私たち自身の日々の生活に、

そして、大切な誰かを導く場面で

さまざまに応用できる可能性があるのではないでしょうか。

 

「完成した世界を見せる」

「世界との関係性を見せる」

「自分のなした仕事の先につながる人々のリアルな表情を見せる」

 

 

 

 

もうすぐ今年も終わります。

私自身、

そして来年、みなさんから、それぞれ流れ出てゆくその豊かな波は

誰とつながり、

どんな人たちの喜ぶ顔と、感動とつながっているのでしょう。

 

 

 

もうしっかりと見えていますか?

 

 

 

 

 

「その原因は、案外性格とは関係ないところにあるかもしれない―白砂糖の害」

 

 

 

二人のクライアントさんからお聞きした話です。

 

 

 

お一人目。

お子さんを持つクライアントさん。

お子さん、まだ小さいんですが、

その方いはく

「どうにかなったのか」

というような泣き方をするようになった、と。

むずかる、とかそういうレベルではない、癇癪というか…そういう感じでしょうか。

 

 

で、いろいろネットで検索。

あまたある情報から思い当たったのは「白砂糖」。

ちょうどイベントごとが重なったのでしたか、

甘いお菓子をたくさん食べていた時期だったそうで。

で、

試しにお子さんの、お菓子を含む砂糖類の摂取をいっさいやめてみたそうなのです。

 

 

すると…

 

「1週間で、面白いくらいもとに戻りました」

 

とのことで。

なんと…!

 

クライアントさん、奥様とも相談の上

「うちでは、砂糖はやめました」

と、

すっぱり。

 

 

 

 

お二人目。

男性の管理職さん。

会社での部下の方たちとのコミュニケーション、がテーマの方なのですが。

 

ご本人いはく

「つい、イラっとしてしまう」と。

頭では

「話を聞かなければ」

と思うのだけど、

ついかっとなって聞くより先に言葉をかぶせてしまう、と。

 

 

 

 

そして昨日。

「この2週間、だいぶ聞けるようになりました」

と嬉しい言葉が。

身体にセットした、聞くためのいくつかのアンカーも、

すっ…とスムーズに手が行き、

以前よりずっと発動させやすくなっています、と。

 

 

お話を聞くと、

・氣づくと一日に5本は飲んでいた糖分入りの缶コーヒー

・エネルギ―補給にと食べていた菓子類

・エネルギードリンク

をやめ、

ついでに、お昼ご飯を「がっつりとお米」から、

軽めにスープ、に変えてみたのだそう。

お昼過ぎに眠くなることもなくなり、

今は軽く会社周りをジョギングしていらっしゃるそうで。

 

 

 

 

「自分の性格がいけないのだ…と思っていましたが

生活の方法を変えるだけで、こんなに変わるとは」

とその方。

 

 

 

 

 

 

「白砂糖は身体によくない」。

様々な本や、サイトで目にし、知っていたつもりでしたが、

こんなにも如実なお話を身近なお二人からお聞きし。

その驚きとともに書きました。

 

 

 

身体の状態が心に及ぼす影響は本当に大きい。

食生活、睡眠、運動、住環境…

日々、どんなものを目にし、どんな音を耳にし、何に触れ、何を身体に入れているか?

「自分自身を存分に生き、発揮する」幸せな人生のために、

「生活の土台」の部分を整えること、

まったくもっておろそかにはできません。

 

 

 

 

 

 

「ある言葉にまつわる感覚が不快なら、心地よく書き直してみる」

 

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「わがまま」

と思われるのが苦手だなあ、と

この数日であらためて氣づきました。

 

 

「わがままを言うな」。

 

 

と言われたとたんに、全身がキュっ…と固まって、体温が2度くらい下がってしまうような。

まるで

「この世にいるな(存在する価値なし!)」

 

と宣告でもされたかのような。

胃を、中からぎゅっと掴まれたような何とも言えない感覚をあらためて

思い出していました。

(わたしの場合、そんな感じで)

 

 

 

 

 

 

大人になった今、

この言葉をかけられることがあるかというと、100%ないんですが、

でも、他から言われない代わりに、自分で存分に自分自身に投げつけ、

自分の自由自在な感情と行動を十分に妨げているな(笑)、と。

そんなことを、あらためて考えていました。

 

 

 

 

 

ある年頃までは、

そんなふうに、つまり「我慢をしている」、ということすら

わかっていなかったわけですが、

(肩が凝りすぎて感覚が麻痺してしまった人が

『ぜんっぜん凝ってないですけど?』というのに似て)

 

我慢が多かった分、

今は「その感情を外に出し、昇華させる」時期なんでしょう。

それこそ、口に出すのも恥ずかしいような

「お子様と同じレベル」のことでも、「我慢」がききません。

我慢をしてしまうと、そのあとの「処理」が大変です。

もう、自分の中の「子ども」が、怒る怒る…!

大騒ぎします。

例えば、あのケーキを食べたかった、と

そんなレベルのことで。

 

 

ケーキそのもののあるなしでなく、

つまり

「自分の氣持ちを一番に大切にしてくれなかった!」

ということに自分の中の小さな自分が怒っているわけですが。

 

 

もちろん、大人なので、その大騒ぎを外に出すことはしません。

いろんな方法でもって、昇華させます。

 

 

 

 

 

 

一番いいのは、

 

「それ、欲しい!」

「わたしはこれが好き!」

「わたしが一番!」

「わたしにもちょうだい!」

 

この、簡単な感情を、即、言葉に出来ることなんですが。

即、手をいっぱいに伸ばせることなんですが。

これが、なかなかわたしにとっては至難の業で、

 

なので、

もうトレーニング、です。

練習。

練習。

 

 

 

 

 

 

 

そんな中で、

「わがまま」という言葉がいかに、自分の身体と心をフリーズさせるか、

ということをあらためて思いだし、確認したわけでした。

わがまま=人間失格の意

くらいに反応していたな、と。

 

 

 

 

 

 

 

で。

この言葉を自分の身体に

新しい感覚で「アンカリングしなおす」ことにしました。

(プログラミングしなおす、と言ってもいいでしょうか)

 

 

「わがままっ!」

と、続けて言ってしまうからいけないのです。

これは昔からの慣れ親しんだ使い方。

そして、声・語感・響き・呼吸・身体感覚と感情は連動しています。

なので、

 

 

「我が、儘」。

 

 

とゆっくりと、言ってみることにしました(笑)。

心の中でも同様です。

イントネーションも変えて。

 

 

 

 

「我が、儘」。

 

 

 

 

戦国武将のように、背筋を伸ばし、呼吸をととのえ、重心をハラに落として、

言います。

我が、の後では必ず深い呼吸を一つ。

 

 

 

「我が、儘…」。

(無心&空(くう)。獅子脅しの音、かっぽ~ん)

 

 

 

 

なかなかいい感覚。

 

 

 

「我が、儘(に行かん…)」

(青空にはたはたとはためく無数の幟ばた…)

 

 

 

 

 

「我が、儘(に生きん…)」

(青空に弧を描くトンビの『ピーロロ…』。

静かによこたわる櫻島。

きらきら光る波。

ああ、なんて空が高いんだ。

なんて風が爽やかなんだ)

 

 

 

 

 

 

深呼吸。

とても心地よい。

 

 

 

 

 

はい。

これを一日数回。

何か、重要な決断をする前にも。

自分の感情を後回しにして、

あせあせと「人に合わせよう」がつい発動してしまっているのに

氣づいたときにも。

 

 

あとは、

繰り返しあるのみ。

わたしの細胞ひとつに、この新しい感覚がしっかりと刻み込まれるまで。

 

 

 

 

 

 

 

「わがまま」=わたしのままに。

今日からこの言葉は、

わたしにとって、高らかな宣言の言葉です。

自分の人生を自由自在、思うが儘に生きるという祝福の音。

そして

この言葉とともに、いつも身体の中に沸き起こるのは、

 

平安。

自然。

安らぎ。

落ち着き。

確信。

そして

自分自身の深いところとつながる感覚。

 

 

 

 

 

 

と。

今回は「特定の言葉」にくっついた自分自身の「意味の解釈」

&身体の感覚を

「人生を後押しするもの」に書き換えてみましたが、

この「書き換え」はさまざまなものに使えます。

特定の場面。

記憶、などなど…。

 

 

人生が変わる、

というのは、

大きな体験もありつつ、

案外こういう小さな積み重ねでもあるんだろうな、

としみじみ思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

 

 

°˖✧✧˖°°˖✧◝✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧◝✧˖°

 

【ワークショップ】

 

●11月11日開催

「自分の人生を自由自在に生きるためのシンプルなアイテムを手に入れるワークショップ」

 

毎日、ご飯を食べるように繰り返せるシンプルな方法を身体に刻む、落とし込む、

がテーマです。

 

◎心と身体はしっかりとつながっている
  →身体感覚を制する者は感情も制する

◎「自分の箱の中」からいつでも出られる力
  →客観的な視点に切り替えられる方法を身体に刻み込む

◎感情はどうにもならない。感情はわいてくるものだ×
  →感情は自分で選べる。感情は変えられる○

◎自分の中の様々な自分
  →「チーム自分」の団結力が人生をスムーズに動かす

 

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●11月26日開催「聲を変えることは人生を変えること―聲のワークショップ*ミニ」

 

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【個人セッション】

 

●「そろそろ自分の聲と言葉で世界に向けて語りだそう

「彼の人は『体験の人』。そしてあなたは?」

 

 

 

数日前に、

知人とお茶を飲んだときの事。

 

同年代のこの知人は、最近大きく環境が変わり

自由な時間、空間、環境がどっと一氣にやってきた。

で、

 

 

 

「いま、とにかくやりたいことをやっているの」

 

 

 

と。

その「やりたいことを何でも」の話を聞きながら

知人があんまり楽しそうなもので、

 

 

 

 

「バンジージャンプとか、いっちゃいそうですね」

 

 

 

とつい。

すると、知人、満面の笑みで、

 

 

 

 

「来週スキューバダイビングには行くけどね♪

水着も数十年ぶりに買っちゃった。

昔っからやってみたかったの」

 

 

 

 

 

そ、そうですか。

本当にすごいです。

わたしなど、夏の海とかもうカンベンですから。

手足が塩気でベタベタするじゃあないですか。

 

 

 

 

「とにかくわたし、なんでも体験したいの。体験したがりなの、とにかく!」

と知人。

話は進んで。

 

 

 

 

「そういえば、さっきバンジージャンプと言ったでしょ」

 

 

 

 

はい、言いましたが。

 

 

 

 

「わたし、バンジージャンプは嫌なの。

スカイダイビングならすごくやってみたいけど!」

 

 

 

 

へえ。

なんでだろ。

 

 

 

 

「スカイダイビングをやって、

もし、途中でパラシュートが開かなくなったとするでしょ。

最後、びたん!と(ジェスチャー付きで)

地面に落ちるとするでしょ」

 

 

 

 

こ、こわいです…。

 

 

 

 

 

「わたし、それでも全然いい!

だって、それまでに(地面に落ちるまでに、ってことですね)、

あんな体験ができるんだもの。

風がゴォ~っとなって、空をワァ~っと飛んで…」

 

 

 

 

 

目、きらきら°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°。

 

 

 

(「あんな体験」って、こんな体験のことですね)

 

 

 

 

 

「でも、バンジージャンプはダメ。

だって、途中でゴムが切れたとするでしょ。

あっという間に地上にびたん!でしょ。

距離がない。なさすぎる。あっという間すぎる。そんなの嫌だ」

 

 

 

 

 

そりゃまあ確かに…。

というか!

どうして「開かない前提」、「切れる前提」なんですか⁉

初めから!

…かわいい、かわいいよ、知人。

 

 

 

 

 

 

 

まるで、10代の女の子のような、彼女の出す雰囲氣を全身で感じつつ、

 

 

ああ。

あなたは「体験の人」。

 

 

そんな感覚がふっとわきました。

このヒト、

はるか昔、地上に降りてくるときに決めてきたな。

「今回は、たっくさん体験する、がミッションです。わたし」

と。

なんだかそんなイメージが浮かび。

 

 

そう、

確かにそうなのです。

同じことを体験しても、彼女とわたしは体験の「質」「方向性」が違うのです。

(あたりまえですが)

 

彼女の場合はきっと「体験すること」そのものに意味がある。

彼女の魂は、

無垢な子どものように、

この世に存在するありとあらゆる事象に出会い、ただ、

 

「体験する」

 

次々と体験する。

それこそを、欲している。

そのこと自体が目的で、その瞬間、

子どもの瞳のようにきらきらと輝きを増す。

それまで知人に感じていた感覚が、

ひとつストンと言葉になったような氣がしました。

 

 

 

 

 

「決めて(生まれて)きましたね~」。

 

 

 

 

と冗談半分、言ってみたのですが。

知人は、笑って肯定していたように思い出します。

 

 

 

 

 

 

 

「それが果たされないことは、死よりつらい」。

 

 

つまり、

それをしないと(味わわないと)生まれてきた甲斐がない。

それを魂の方向性、というのでしょうか。

 

 

 

 

 

そして、知人は今、

それをやっている。

解き放たれた羽のように。

南国の空、上空1000メートルを吹き渡る風のように。

その柔らかくみずみずしい姿はまさに美しい。

光に満ちている。

(譬えではなく、本当なんです^^!

最近、明度と彩度が4段階くらい上がって見えるような…。

レフ板持ち歩いてます?って感じ)

 

 

 

 

 

こりゃあ、

中身が(魂が)光りまくっているな(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

魂が、と書きましたが、

なんとなく今日はそれがしっくりするので書いたまでで、

人によって、その表現するところ(言葉)はなんでもいいのです。

本質

人生の目的

真のゴール

 

 

 

 

 

 

 

それをしないと(味わわないと)生まれてきた甲斐がない。

それは、自分自身にも純然と存在するな、と思います。

 

 

 

 

 

 

 

わたしの知人は「体験の人」。

さて、あなたは?

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

【お知らせ】

 

平成29年9月9日(土)

~自分の物語を見つける~

人生を導くアーキタイプを探すワークショップinみた
か井心亭

 【詳しくははこちらから】

 

 

 

九月九日は「重陽の節句(菊の節句)」です。

 

わたしたち日本人の生活には「節目」がかかせません。

 

節句。

祭り。

季節ごと、折に触れ、

旬のものをいただき、酒を酌み交わし、

自然の恵みに感謝し、神様に感謝し…

そういった場を昔から大切にしてきました。

 

そうして

日々たまった「氣枯れ」を払い、エネルギーを取り戻す。

そしてまた、元氣にはたらく。

そんなふうに繰り返してきたのが、

わたしたち日本人の暮らしです。

 

さて

 

そんな祭りが少なくなった今

こういった「ワークショップ」の場も、

おおいにその役を果たしているのではないか、

と実はいつも思いながら場を創っています。

 

周囲の人たちと、自然と、場と、

そして何より自分自身と「つながり直す場」。

自分のブレを正し、軸を再確認する場。

エネルギーを満たす場。

これを「祭り」と言わずしてなんとしましょう!

 

 

節句というステキな日の力を借りて

今回のワークショップのテーマは「物語」です。

誰の中にもある「物語」を探求します。

 

日々

生きていれば日々、いろいろなことが起こり

息切れしてしまうこともたまにはありますが

(まさに「氣枯れ」ですね^^)

そこに「意味」を見出すことが出来たなら

わたしたちはずっと楽に進んでいける、と思うのです。

 

「意味」。つまり「物語」。

 

自分は何者か?

今、どこにいて、どこへ行けばいいのか?

どんな未来をつくるのか。

自分の中に脈々と流れる

「あなたは何者であるか?」という物語の話です。

 

詳しくはこちらから。

 

https://peraichi.com/landing_pages/view/sekku

 

 

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