幕末の跡がたくさん
それこそ、石を投げればあたるのではというくらいに
ひしめき合う通りです。
(右の地図の、赤いしるしが全部そう)→
名付けて
「木屋町鼻血ロード」
(幕末好きには、興奮してしまって鼻血がでるくらいに
もうたまらない道、という意味ですね)
ちなみに、名付け親はわたしではなく
京都在住の雫さんとその娘さん。
(雫さんのブログはこちら )
なんでも、
娘さんと一緒にこの道を歩いた際「全然前に進めなかった」のだそう。
(娘さんが、大興奮しながら一つ一つの石碑を前から、横から、後ろから・・・くまなく撮影し、鑑賞し
じっくり味わうため)
歴史のお話をさらりと書いていらして、しかも
「鼻血ロード」なんて銘打ってしまう、この雫さんや娘さんの楽しい感じがとても好きで
ブログを拝見していたのですが、今回お目にかかれる運びとなってとても楽しみにしていました。
雫さんの地元の藤森神社・墨染そして伏見を案内していただいたのですが
「石碑」どころではない。
街の看版、駅の看板にいたるまで「大反応」してしまい…。
娘さんに劣らず立ち止まることおびただしく。
「先に進めない」旅を雫さんにさせることになってしまいました。
地元の方々にしてみれば、日常の風景ですが
わたしにとっては長いこと本や何やらで親しんできた「舞台」としての地名であって
何度もその地に「気持ちだけは」行っているわけで
美しく、まっすぐ整えられたアスファルトの道と、行き交う車、立ち並ぶ住宅の中にあっても
石碑一つ、電柱の地名表示の看板一つでそこに馬のいななきを聞き、銃撃の音を聞き
もうもうと舞う土煙を想像できるのが
歴史好きのいいところ(雫さんの旦那さんに言わせると、まったく理解できないところ^^)なのです。
これは
雫さんからのプレゼントです。
夕方、墨染駅で
わざわざ買ってくださったのです。
「伏見」と書いた切符を記念に、と大切そうに財布にしまいながら
ついうっかりして「墨染」と書いた切符を
改札機に通してしまったわたしのために。
今回の旅で
いちばんあったかい記念品になりました。
※墨染は、慶応3年12月、新選組の局長、近藤勇が銃撃された場所です。
近藤さんは肩を打たれながらも落馬することなく、馬にしがみついたまま新選組が陣を張っていた伏見奉行所まで駆け抜けました。
傷を受けながら、どれくらいの距離を馬で走り抜けたんだろう?なんていうのも、実際現地に行ってみると実感
できるのがまたおもしろいものです。