人の個性は変わらない(だからあきらめて自分を生きろ!)

 

 

 

先日、教員だったころの生徒さんたちと会うことがあったんですが。

(現在彼らは30代)

 

 

中学生男子の、意味のない会話の感じってわかります?

やけにうるさくて、

中身はなくて、

妙に笑える…

 

 

教員だった頃は、まるで(いい意味)宇宙人を見るような氣持ちで、

彼らの発するそんなエネルギーの中にいたものでしたが、

(人間だ、自分と同じだ、と思うから腹が立つわけで^^)

 

お酒も入って、完全に「そこ」に戻っている彼らを見ながら

 

 

 

…恐ろしいほど、変わってない(唖然)。

 

 

 

「人の個性は変わらない」。

それをしみじみと再確認して帰ってきました。

わたしとしては、人の本質は、と言った方がやっぱりしっくりくるんですが。

 

性格、というよりは

もとのもと、その人の核、魂が発している空氣・リズム・律動…というかんじでしょうか。

その子の出している微細な振動・波動の質。

(これが一番しっくりきます)

 

 

楽器で言うならば、

ティンパニーの子はずっとティンパニーです。

フルートの子はずっとフルート。

奏でる音色、

周囲と響き合う音色や音の強さ、質はずっと同じ。

 

 

 

 

 

中学の頃、よくある、

「将来に何になりたいの?」という質問。

それを書く用紙に、家業の商売を書いた子。

 

 

先日のその酒席に、

どこのアーティスト!?という感じの格好でふわ~っとやってきたその子は、

全く違う職業についていました。

でも、その仕事は、自由で風が吹くような彼女の質にとてもあっており。

 

わたしの中で、妙に腑に落ちたというか、安心感というか、納得感。

 

 

 

ああ、結局、

自分にとって一番無理のない、自分でいられる、

(そして自分の特徴を発揮できる)

道をちゃんとみつけて、選だんだな、と。

 

わたしはそこに立ち会うことはできなかったけれど、

自分で考えて、ちゃんと頑張ったんだなあ、と。

 

 

 

 

 

さて、世の親御さん方。

 

子どもの本質は変わりません。

もし、もしも、こう生きてほしい、こうなってほしい、という

(親御さん都合の)願いをもってらっしゃる方があるとしたら

…さあ、(いい意味で)あきらめて(笑)!

 

子どもの持って生まれた質を見極め、

生かし、最大限に発揮して生きる道を拓いてあげること。

親の仕事はそれだけです。

 

 

 

 

そして、

今、もし、少しだけ人生迷っている若い人たちがいるとしたら。

 

答えは、外にはありません。

答えはあなたの中に。

 

 

 

あなたの好きなもの。

愛してやまないモノ。

好きな感覚。

いつまでも味わっていたい感覚。

心ふるわせる細胞の響き。

それらすべてに、あなたの生きる道が示されています。

 

 

だから…あなたも、いい意味あきらめて(笑)!

あなたはあなたにしかなれないのですから。

というか、

そのために生まれてきたんですから。

 

 

 

 

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「美しき校歌、金足農(祝!準優勝)」

 

 

金足農業高校の選手の皆さん、準優勝おめでとうございます。

 

わたしは鹿児島在住なので、今大会、一回戦で鹿児島実業が金足農校に敗れ、

それ以来応援していたのですが。

下記の文章は一回戦が終わった翌日にフェイスブックにアップした文章です。

 

 

❉       ❉        ❉

 

《(鹿実に勝った)金足農の校歌が美しいなあと思いまして》

 

 

うましき郷  我が金足
霜しろく  土こそ凍れ

見よ  草の芽に  日のめぐみ

 

農はこれ  たぐひなき愛
日輪の  たぐひなき愛

 

おおげにや  この愛
いざやいざ  共に承けて

 

やがて来む  文化の黎明(あさけ)
この道に  われら拓かむ
われら  われら 拓かむ

 

 

 

「霜しろく 土こそ凍れ」
って、南国の校歌ではまず歌えないですね。
(当たり前ですが^ – ^)

ああ、
そんなところでこの生徒さんたちは生きているんだなあ。
だからこそ
太陽の恵みを「愛」と
高らか歌いきるんだなあとそんなことを思いました。

 

 

格調高い言葉に、特に若い頃にたくさん巡り会える人は幸せだ、
と思います。
それは、その人の無意識層に染み込み、その人の人生を助けるものとなるからです。

 

 

❉     ❉     ❉

 

この日以来、

各試合を見る時には、試合はまあ、見るとして

どちらかというと、終わった後の各校の校歌を一生懸命聞くようになりました。

おかげさまで、

 

「校歌に使われる言葉ベスト20」

 

が書けるくらい^^。

 

 

見た限り、

やっぱり、金足農校の歌詞が一番うつくしい…といいますか、好みでした。

 

 

何が好みかと言いますと、

金足農の校歌は

 

「実際に使う人の身体感覚と結びついて発せられる言葉」。

 

という感じ。

聞いていて、その言葉の向こうに、その人たちの生活、息遣いが感じられる。

「農はこれ かぎりなき愛」

のところなどもう…

土に生きてきた秋田の先人たちの思いも含め、

しっかりとこちらに伝わってくる、という感じでしょうか。

さすが、農業高校!

身体を動かし、触れ合い、体験する、ということが学びの中心ですものね。

 

 

 

 

わたしの出身校(小・中・高校)の校歌を思い出しても、

結構「パターン化」されているのですよね。

並んでいる言葉自体は美しいんですが、あまり実体がないと言いますか。

そこに、身体を震わせるようなしっくり感があまりない。

 

 

山がそそりたったり

平野をみはるかしたり

うるわしかったり

ひかりがあったり

しているんですけれどね。

(やはり普通科などだと、どうしても言葉が抽象的になりがちなのでしょうか)

 

 

 

 

金足農が勝ち進むたびに、

「またあの美しい校歌が聞けるかな♪」

 

という思いもあって、ますます楽しみに応援していた今回。

 

 

 

 

今日、あの美しい校歌を聞くことは残念ながら出来ませんでしたが、

彼らの身体と心と精神を培い、

今日、ここまで連れてきてくれた

「うましき郷」に。

 

彼らを育んだ土と日輪の恵みのあふれる北の大地に

満面の笑顔で凱旋してね、と思うことです。

 

 

 

 

 

§関連記事
【朗読のすゝめー 日本語のエネルギーを次代へ手渡す】
https://ameblo.jp/businesskouko/entry-12174837237.html

 

 

 

 

 

子どもと世界を繋ぐ「つなぎ目」をつくるのが大人の役目

 

 

 

クライアントさん(男性)のお子さん(男の子・3歳)
は、おしゃべり。
クライアントさんいはく

「ず~っとしゃべってます(笑)」。

とにかく、たいそう言語能力が発達している、と。
「やりたい理由」「やらない理由」を
順序立てて並べて、言葉で幼稚園の先生を説得するのだそうで、

「とても理路整然としていて、反論できません(笑)」
(by 幼稚園の先生)

そんなクライアントさんが今、探しているのが
「身体を使って遊びながら言葉を学ぶ場所」。

「うるさい」とひとくくりにせず、
この言語能力を伸ばしてあげたい、と思っていらっしゃる。
すごいです…。

「でも、そういうところって、英語の幼児教育のところしかないんですよね」
と。
まずは「日本語の力をしっかりと」とのことで。

なので、本をご紹介。
1冊は
谷川俊太郎の「ことばあそびうた」。
もう一冊は
斎藤孝の「子ども版 声に出して読みたい日本語」。

どちらも絵本なのですが、
絵も楽しくて、なにより
言葉がよい。
(わたしが声に出して実証済み)
美しい。
いいリズムです。

声に出していると身体の底から楽しくなる言葉とリズムが満載で、
日本語の魅力が体感できます。

クライアントさんからお礼のメールが来ました。

「最近、子どもの感情の起伏が激しく、泣きわめいたり。
度を超すと、それを表す言葉が見つからなくて、ただ悲しいとう様子になったり。

言ってしまえば『わがまま』なのですが、それだけでぶった切ってしまうのも
どうなのかなと思ったり。

今の氣持ちを表す言葉がわからないというのは、
つらいかなあと。

教えていただいた本を読んで、
言葉(日本語)を知ってゆくことは、
とても役立つような氣がしています」

話が飛びますが、
この方。
お子さんが生まれたときに、記念として、
ご自分のものとお揃いで、誂えたものがあります。

それは「包丁」。

特注で誂えたそれは、
子どもの手で使えるサイズのものながら、
鍛冶屋さんの手打ちでつくられた一品。

「そうそう、昨日、はじめてあの包丁を持って
料理を作りました!
もう卵も割れます。
豆腐を切って、出汁をとって、一緒に味噌汁を作りました」

私がこのクライアントさんについて思うのは、

「世界と子どもをつなく『回路』を
出来うる限りたくさんつくってあげようとしている」

ということ。

3歳ということもあってか、
それが、「知識」ではなく、
わたしから見て、子どもの身体レベルに刻まれるであろう、
リアルな「生きる力」レベルであることが面白い
(そして、とても素晴らしく、すごいことだ)
と思えます。

言葉ということで言えば。

「言葉を知らない」=その人にとっては、その概念(世界)自体が存在しない。

ということになります。

身体感覚としっかり結びついて使える言葉の分だけ、
人は世界を繊細に、細やかに「見て、聞いて、感じて」
生きてゆくことが出来るのです。

自分の感情をていねいに言い表す言葉が
いくつ、音楽のように自然に身体に染みついているか、なんて
これはもう、
幸せで安定した大人になる力、他者と良い関係を築く力と直結しています。

(ですから、クライアントさんの中には、個人セッションの場で
感情をさぐり、言語化しながら、「それ」を開発しなおしている方も
多くいらっしゃいます)

「子どもと世界を繋ぐ『つなぎ目』をつくるのが大人の役目」。

回路の数。質。
それによって、その子が大人になったとき「見えている世界」は決まる
=「住む世界」は変わる。

感知できるものが、その人の人生に「存在するもの」となる。

このクライアントさんのお子さん。
たくさんの回路を通して、
それはそれは生き生きと、豊かに世界とつながっていく氣がしてなりません。

そして、それこそがつまりは
「コミュニケーションの力」。

コミュニケーション力とは、つまりは共鳴・共振の力。

他者と。
環境と。
自然と。
先祖と。
文化、歴史と。

とつながり、分かり合える力、ということであり、

そして、それらはすべ最終的に、
幸福に生きる人すべてが持っている、

「自分自身としっかりとつながる力」

に還ってくるものなのです。
(だからこそ、より美しいもの、やさしいものに

世界はあふれていてほしい、と思うことです)

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受け取ることで他者が幸せになる

 

 

 

この間。

 

道ですれ違った高齢の女性の荷物を持って、目的地付近までお供をして、

勇氣を出して声をかけてよかったなあ〜とすっきりした氣分になっていたのですが、

 

 

 

そのあとお茶を飲みながら

青空に雲を見ていたら、ふっと、

 

「あの方は、わたしの申し出を(わざわざ)受けてくださったんじゃないだろうか」

 

と、そんな氣がしてきました。

 

 

(城山ホテル鹿児島のカフェ。鹿児島市内を見下ろす山の上で、ただでさえ氣持ちのいい場所ですが、

「ブラタモリ」でここが鶴丸城の郭の跡と知って以来、ますますぼんやり坐っているのが楽しくなりました)

 

 

 

 

確かに荷物は多かったけれど。

そして、確かに休み休み歩いてらっしゃいましたが。

「あらあら、見かねたのね。まあまあ」

 

 

と、そうおっしゃっていましたっけ。

 

 

 

 

役に立った、立たなかったとか、

実際どうだったとか、そういうことはどうでもよく、

目的地までの少しの時間、

わたしはとても楽しくて、しかも氣分がよかった。

道すがらの少しの間の会話もなんとも嬉しく。

 

 

 

受け取ってもらうことで、

こんなにも幸せになる。

 

受け取ることで、人を幸せにする道もある。

と、

知ってはいるわけですが、

今日はみぞおちのあたりから、

温かい温度を伴って実感でした。

 

 

 

 

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