思った経緯は長くなるので省きますが。
「自分のために」が十分に満たされていない人の選ぶ、
「みんなのために」は
なんだか無理があったり、ギリギリな感じだったり、
「〜すべきでしょ!」な感じだったり…
見ていて辛く感じる時がある。
子どもに「みんなのために」を要求するような場合には、
前提として、
その子の「自分のために」がたっぷりと満たされていること、
そういう環境がこれまでもあったし、
これからも
あり続ける、という「安心感」が必要だよなあ、
としみじみ思う。
そして、
「その環境がなかった」と思う人は、
幾つであっても、
もう、まず、必死こいて「自分のために」を満たすことから
やればいい、と思う。
その先に自然な「みんなのために」が、
喜びの中で花開く時がやってくる。