私たちに自信のなさや自己肯定感の低さがあるとしたらそれは「民族の傷」という側面もあるかもしれない

 

 

 

 

 

この夏は、いつもよりたくさんの戦争関連の番組を意識して観たように思う。

 

 

その中に、

 

「戦争から戻った父親からの虐待を受けて育った子どもたち」

 

という内容の番組があったのだけど。

 

 

 

 

ほとんど全ての日本人が、何らかの形で、

大きな傷と挫折を心身ともに負った時代が、あの時代だったと思う。

 

 

ずっと信じてきた価値観が、脆くも根底から崩れ去った人。

目の前で、大切な人が死ぬのをただ見ていなければならなかった人。

戦場で、言葉には一生できないであろうものを見、

言葉にはできないであろう行動をしなければならなかった多くの人。

 

 

その「傷」は、

きっと一人ではとても耐えられるものではなく。

 

 

 

「戦争から帰ってきた父親は、狂ったように自分たちに暴力を振るった」

 

 

 

その記憶を、今、

70代、80代を迎えた人たちが

やっと、ポツポツと語り始めている、と。

 

 

そして、さらにその「傷」は連鎖している、というのだ。

(それはそうだろうなあ、と思う)

子から、その子、また次の子へと。世代を超えて。

 

 

 

 

学生の頃、

「自分」というものにふっと興味が湧き、

それで「日本人」ついて、調べたことがあった。

(「菊と刀」なんかも読んだ気がする)

 

そして、

島国であることから形成された民族の特性、などを読んで、

妙に落ち着いたというか。

自分の性格的な「難」(だと当時、捉えていた部分)

に「理由」「ルーツ」「起源」が見つかったような。

腑に落ちた気がしたことを覚えているのだけど。

 

 

 

 

 

さて。

「虐待は連鎖する」。

 

 

 

戦後80年。

子ども達は、もはや「その出発点が何であったか」もわからないまま、

ただ順送りにされてきた、重い鬱屈したエネルギーだけを、

理不尽に受け取り続けている(かもしれない)。

 

 

(ちなみに「虐待は連鎖する」と書いたが、

私がここで問題視しているのは、「目にみえる暴力や暴言」だけではない。

 

「自分を信じられない」

「何か、自己が不安定である」

「自分たちのルーツを大切にできない。誇りを持てない」

「自分たちの文化・心根の土台を軽んじ、継承できない」

 

これら全てが「虐待」と同じであり、

長い目でみた「自殺行為だ」と捉えている)

 

 

 

 

 

今日は、だいぶ重たいことを書いた。

 

 

日本人は他民族に比べて「自己肯定感の低さ」というものがある、

と何かで見たことがあるのだけど、

 

 

 

それが、この

「民族の集合無意識に、刻み込まれた悲しみと挫折と傷」

からも、きているのだとしたら。

 

 

 

さあ。

どうする?

 

 

 

 

大人たちよ、どうする?

 

今この瞬間、人ごとではない。

「あなた自身の」中にある、親から、そのまた親から、

そのまた親から無意識に受け継いだ、深く深く積もった

「恐怖」が。

「挫折」が。

 

「自分を出してはいけないのだ」

「私たちは間違っているのだ」というような…

そんな「悲しみ」と「恥辱」が。

 

 

 

もしも、そんなものが私たちの中にあるとしたら。

そして、今この瞬間、子ども達に「それら」の欠片が伝わっているとしたら。

 

 

 

 

 

 

再度、問いたい。

で、

あなたはこれからどうする?

どう生きる?

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

《お知らせ》

 

私たちは、確かに親から、その親から、そのまた親から

「負の遺産」

も、受け継いだかもしれません。

 

けれど、

それ以上に美しいもの、素晴らしいものもたくさん受け取っています。

 

これから、私たちが「自分らしく」

「誇らしく」

「自信を持って」

「自分の自然な在り方(特質・よさ)を存分に発揮して」

軽やかに生きることと、

 

「受け取った素晴らしいもの」=「日本人的感性」

 

とアクセスすること、は

無関係ではないと思っています。

 

 

このワークショップも、

根っこにそういう「構造」を秘めている、と言えます。

 

(中身は、全くもって難しいものではないので

安心していらしてくださいね!)

 

 

*  *  *  *  *

 

 

🔷9月ワークショップのご案内🔷

 

【コミュニケーションの体幹を鍛えるワークショップ ・第4回

「四元素でめぐる 自分発見の旅ワークショップ」】

 

 

 

🔸今回はちょっと面白くて。

9月のワークショップは、“直感”や“感覚”を手がかりに

「自分を探る」ちょっと不思議で新しい体験です。

アセスメントや数値化ではなく、

「水・風・土・火」という“自然のイメージ”を使って、

参加者同士の対話を通して、自分の姿を浮かび上がらせます。

 

 

自然と人と、自分のつながりを感じる時間

私たち日本人は、四季や自然への感受性がとても豊かです。

風、火、水、土……そうしたものへの原体験は、

実は身体や記憶にちゃんと刻まれています。

今回は、そんな「自然のイメージ」から、

自分自身や他の参加者を“感覚的に”見つめていく時間となっています。

 

 

*  *  *  *  *

 

 

【開催概要】

 

⚫︎日時:9月21日(日)14:00〜16:30

⚫︎会場:カクイックス交流センター 絵画製作室(5階)

⚫︎参加費:3500円

⚫︎募集:12名(先着順・残席5)

 

 

*  *  *  *  *

 

 

⚪︎イメージする力

⚪︎ 言語化の力

⚪︎観察する力

⚪︎感じたことを信じて伝える力(エビデンスではなく感性)

⚪︎チャンクアップする力(感覚の統合とラベリング)

⚪︎自分を深く見つめる力

⚪︎対話の力

 

 

…こうした力を楽しみながら自然に発揮できる時間にもなるかと。

「感性で自分を探ってみたい」

「みんなの感性で『自分』はどんなふうに見えているだろう?」

「忙中閑あり。ちょっと自分の時間を楽しみたい」

 

 

そんなことを、面白そう、と思ってくださる方と、

ご一緒できれば嬉しく思います。

(詳細はこちらへ)

https://fb.me/e/5i0ACrXld

 

 

文無し、ふんどし一丁で生きる江戸の街‼️というアプリがあります

 

 

 

クライアントさんが教えてくれた、 

「ハイパー江戸博シリーズ」のアプリ。(江戸東京博物館が出しています)

 

これの「日本橋繁盛記 江戸のお金ーふんどし一丁で生きるー」

 

をやってみました。

 

これが、結構面白かったのです。

 

 

 

提灯屋の若旦那が芝居に入れ上げすぎて、お父っつあんから
勘当されてしまう。
で、素寒貧のところからどうやって復活していくか、

 

というアプリなんですけど、
わたしが辿った道を挙げておきます。

 

 

「勘当‼️」
 ⇩
 弥次喜多に借金の証文を掴まされる
 ⇩
 まじに「ふんどし一丁」になる
(みぐるみ剥がされる)
 ⇩
 寺子屋の師匠に泣きついて、
 長屋を紹介してもらう
 ⇩
 古着屋で古着GET
 ⇩
 長屋の隣に住む男から魚屋(棒手振り)
 の仕事を紹介される
 ⇩
 (中略)
 ⇩
 長屋時代から何かと気にかけてくれていた
 「おみっちゃん」と祝言✨
 ⇩
 桜の花びら舞う江戸の空を
 見上げる二人🌸🌸🌸

 

 

 

(※先ほどまでは、上のルート、事細かく書いていたんですが、
どうもロールプレイングゲームと違って、
ルートの数がないのかもしれない、と思い、
これからやる人のために略しました^^;)

 

 

 

 

形としては、
江戸の街をただただ黙々と走り回って、
指示に沿って目的の場所に行ってミッションを果たす、

 

という内容なんですが、
(3D地図の江戸の街を、若旦那が黙々と走り続ける、という絵柄が基本)

 

 

ボタンを押すと、「若旦那目線」の絵になったり、

 

 

それから、ミッションが

「古着を買う」
「布団を損料屋で借りる」
「米を米搗屋についてもらう」
「お金を集金に行く」
「銭湯でサッパリ」

など、いちいち細かいのが楽しい。

 

 

で、
ここが「江戸東京博物館」の力の見せ所で、
(そもそも、膨大なる収蔵品をたくさんの人に見て欲しくて
作ったアプリでもあるんだろうなあと‼️)

 

 

 

一つ一つのミッションに、
わかりやすい解説と、資料写真が必ずついてくるのが
とても見応え読み応えあり!なのです。

 

(歴史上の人物への言及もあって、
遠山の金さんがなぜ決まりとなっている馬で登城せず、

「駕籠を使わせて下さい💦」
の届けを幕府に出したか、のちょっと笑える
「裏事情」なども資料つきで出てくる)

 

 

 

 

江戸が好きな人。
歴史が好きな人。
地図の中をうろうろしてみたい人。
タイムスリップしてみたい人。

 

 

オススメです。
(が、一つ。方向感覚をとるのが、
苦手な人は、少し難儀するかもしれません^^)

 

 

 

【アプリ詳細はこちら】ハイパー江戸博
https://hyper.edohaku.jp

 

 

 

 

 

 

日本語は本当に豊かだ(ありがとう日本語!)と、思った今朝

 

(写真は昨日お店で買ったアジサイ。

今年の我が家のアジサイは花芽が一つもなく。

ベランダが寂しい6月になりそうです)

 

 

 

 

 

 

 

今朝、ふと、
「もし、お腹の調子が悪かったりしたときに、病院でなんと説明するか?」
ということを、考えるともなしに考えていたのです。
(朝から申し訳ない話題ですが。漢方胃腸薬の箱を見ていたからか?)

 

 

病院では、先生にわかりやすいように、できるだけ詳しく説明しなければならない。
出だしはなんと言えばいいだろう?

 

「先生、トイレに行きましたら…」
なんか周りくどい。

 

「先生、実は便が…」
(本当にすみません💦)

 

いや、この出だしはダメだ。
なんか言いづらい。
かといって、上記の「幼児語」はもっとダメだ!

 

 

なんと言えばいいか?
うーん、
あの言葉は使いづらい、
アレもちょっと直接的すぎないか??

 

などなど考えていたら、

 

 

「そうか!日本には『お通じ』という、雅やかで便利な言葉があったぞ!」

 

 

と氣づき。
(アレな話題で本当にすみません)

 

 

「いい言葉だなあ〜。これでもし、という時は心置きなく説明できるぞ!」

 

 

と一安心したんですが。

 

 

 

 

日本語って、
本当に「いい」というか「すごい」。

 

おトイレ一つとっても、
「お手洗い」「手水(ちょうず)」「厠」「化粧室」「はばかり」
「雪隠」「洗面所」…

 

本当に豊かな品揃えで!
おかげで、本当に「心安く」使えているなあ、
と思います。
だって、
「選べる」んですから。

 

 

 

場面、相手、状況に合わせて自由自在の選び放題。
(同じものを表していても、全部微妙にニュアンスが違うのも面白い)

 

これが「一つしか」なかったら、
窮屈で、楽しくなくて、
なんか使うたんびに「ドキドキ」したり
ストレスが溜まったり…

 

きっと、大変なことになっているのではないか?
と思うのです。

 

 

 

 

雨も、雲も、色彩も。

 

もしこれが「一つしか」言葉がなかったとしたら、
(雨、としか言えない。雲、としか言えない。赤、としか言えない)
どんなにか世界は単調で、一緒くたで、
のっぺりとセメントに塗り固められたようになってしまうことだろう、
と思うのです。

 

 

 

 

 

 

自由に「選べて」初めて「表現」となる。
といったのは、演出家の鴻上さん。
(だったと思います)

 

 

 

 

そして「選べる」幅がある、というのは、
文化的背景もありますが、

 

やはり豊か、ということではないか、と思うのです。
言葉の「多さ」というのは、
人の繊細で、重層的な感覚や、感情の「層の厚さ、複雑さ」と
圧倒的に、
関係しているように思います。
(何せ、言葉の数は「世界を表す絵の具の数」なので)

 

 

 

 

 

 

特に「いい感じの結論」はないのです。
だた、
「ほんとにいろんな言い方があるよなー」
「日本人(日本語使い?)でよかったわー」
(こういう感じの言葉の世界観がわたしは本当、好きだー)

 

 

と思った、
という話でした。

 

 

(もっと深く掘れば、とてもいいテーマになると思うんですが、

何せ出だしが出だしだけに、

また別の言葉で掘ってみたいと思うことです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

【「その声」しか出せないなら、それは単なる「癖」。
「選択肢」が増えて、初めて「あなたの表現」となる。
自分の大切な言葉を載せて毎日「走って回る」自分の声を
「癖」から「相手と場に合った適切な『表現』」へ】

 

 

●コミュニケーションの体感を鍛えるワークショップ
 第2回「”伝わる力”の根っこにあるものはー声をめぐる冒険」

 

◉日時     6月15日(日)14時ー17時
◉所     カクイックス交流センター(鹿児島市)
◉受講費 3500円

 

【詳細】
https://commu-w.net/2025/05/28/

【お申し込みフォーム】
https://form.run/@maikaze–E7aT08ji9a56ogH0pEpf

​​​​​​​

 

 

母音文化、世界を駆ける!ー日本語と世界平和

 

 

 

 

昔、ゴダイゴが大好きな子がいて、その子が歌の英語部分を得意げに発音しながら

 

「英語は一つの音に一つの『単語』が入るけど、
日本語は一つの音に一つの『字(仮名)』しか入らない。
だから日本語の歌はダメなのよ。
(内容が薄い。従って劣っている)」

 

といった意味の発言をしたことを
よく覚えているのだけど。

 

 

それから年月はたち、
「一つの音に、真っ直ぐのびやかな一つの音がスッキリと入る」
我が母語がますます好きになっています。

 

どの音を伸ばしても、その先に真っ直ぐな母音が広がる日本語。
口にしていて本当に気持ちよい。身体が心地よい。

 

 

 

 

その、世界にたった一つしかない、
(正確には、日本語と、それからポリネシアの一部の島のみにしかない)

 

「母音を中心とした言語(母音を主体に音声認識をする言語)」

 

である日本語の歌が、ボカロ文化を通じて
今、世界の若者たちを魅了している、という番組を見ました。

 

 

訳されたものを歌っているのではなく。
英語やフランス語、その他…
圧倒的多数を占める
(そして、世界をいい意味でも逆の意味でも牽引してきた)
「子音言語」
の国の若者たちが、日本語のままで歌い、熱狂し、涙し、大合唱を繰り広げている。

 

 

それを見ながら、

 

「ああ、これから世界は平和になるなあ…」

 

と。

 

 

 

 

 

英語を話す時と日本語を話す時では性格が変わる、
というのはよく聞くけれど。

 

 

 

子音言語は、
「ディスカッション」「ディベート」が必要だった人たちの間で
発達した言語なのだ、と読んだことがあり。

 

「シュッ」「ツッ」と口をすぼめ、
鋭く息を吐き出す複雑な破裂音が圧倒的に多い。

 

自然は「征服」する対象。
自分を主張し、他者を威嚇し、境界線を引き、
自分の生存を確保する必要があった。
いわば戦いの言語、なのだ、と。

 

そして、生きることが過酷な地域ほど
「複雑な鋭い子音の発音」を持つ言語として発達している、と。
(例として、砂漠の民の言語、アラビア語が挙げてあり)

 

 

 

 

かたや、縄文時代数万年にわたり
「戦いのなかった平和な時代」を謳歌したゆえか、
日本語はその「音」からして、単純でおおらか。

 

「アー」
「オー」
「ウー」

 

日本語を(母音を)口にするとき、
身体は開き、リラックスして解放される。

 

自然の音を写し取り、自然と融和する言語。
それが日本語なのだと。

 

「古代日本は、農耕をせずとも…自然に生える草や実と、
浜にいる魚貝を採取していれば十分に間に合ったのだ」

 

「自然に恵まれ、誰かを威嚇したり殺したりする必要もなく
…私たちの祖先は、ことばを生み出したとき、
威嚇の必要性を感じなかったのである」

 

 

 

 

 

 

今、日本語の歌を熱唱する若者たちが世界中にいる。

 

日本語を発することで得られる、
「ゆるむ」「おおらかな」心地よい身体感覚をその身体に響かせ、
日本語の「余白」「あわい」の世界観を受け取り、

 

「これは自分たちのことを言い表している」
「これはわたしのことを歌っている」

 

と、そこに「居場所」を見つけている若者たちがいる。

 

虫の音や雨の音…
子音言語の脳には「ノイズ(騒音)」としか聞こえない自然の音に
「メッセージ」を見出す稀有な言語を、世界の若者たちが合唱している。

 

 

 

それはつまり、世界でただ一つ、

 

「地球の声を聞ける言語」

 

が、日本語であり、
それを世界の若者たちが合唱している、
ということではないか?と思うのだ。

 

 

 

 

そんな彼らが大人になり、これからの世界を作る。

 

彼らの中には、彼らの最も繊細な時期をしっかりと支えた
日本語の歌、日本の文化がきっと生きている。
(子どもの頃に培った感覚は消えることはないのだから)

 

 

 

これで平和にならないわけがない、と思うのです。

 

 

 

(参考、引用ともに「日本語はなぜ美しいのか」黒川伊保子 より)

800年前も今も幸せの「方式」は同じだと親鸞上人のアニメで思う

 

 

 

 

 

 

 

前売り券をいただいたので映画館に行ってきました。
「親鸞ー人生の目的ー」

(アニメです。出ている声優さんが結構豪華でですね◁大事なところ)

 

 

感想なのですが。

 

自分を認めよ、そのままの自分を愛せよ、
まず自分が今のままの自分で幸せになれ、
それなくして周りの幸せは、ない。

 

という映画かなあと。

 

 

煩悩はなくらなない。
私たちが煩悩と呼んでいるものは
人の自然な「生」の発露と表裏一体。

 

美味しいものを食べたい→生きる欲求
異性に惹かれる→種の保存の欲求
もっとお金が欲しい→安心や自由への欲求

 

 

それを「よくないもの」として
消そうとすること自体無理がある。
人の素直な「生のエネルギー」に反する。

それを認め、愛し、抱きしめるからこそ、
それの肥大、暴走から、自由になることができる。

 

 

 

前半、
若き親鸞が山にこもって修行をする20年間が
(自分は煩悩まみれだー!死んだらどこへいくんだー!と)
もう見ていてキツくて(笑)

 

「早くやめなよ、そんな無駄なこと」

 

と思いながら見ていました。

 

 

 

逆に、山なんかにこもってるからわからないんじゃないの?
膨らんじゃうんじゃないの?
365日、そればっかり考えているわけで、
そりゃあ、大木にガンガン頭打ちつけたくもなるよ、と。

 

市井に降りて、
目の前のことせっせとやって「生活」しなよ、
真の悟りはそこからしか生まれないわよ。

 

 

なんて思いつつ。
(今、世界中の親鸞ファンを敵に回しているかもです💧)

 

 

 

 

で、思い出したのですが。
悟りたい(解脱したい、だったかな?)僧が
生きながら墓に入るんだったか、
密閉した船で海に出るんだったかをやる話。

 

「何がなんでも、死んでも解脱してやる(変な言い方ですが)」
という…
逆に凄まじい「執着」ともいえると、
はっとしたことがあったんですが。

 

 

 

 

 

さて。
親鸞が生きた時代からすると、わたしたちは少し
「進歩」しているのかな?とも思えます。
人の意識の進化、といったほうがいいでしょうか。

 

 

 

親鸞の時代は、
「阿弥陀仏」「念仏」という「形」を使って、

 

「そのままの自分を阿弥陀仏は抱き止めてくれる」
「だからそのままの自分を愛せよ」
「そのままのあなたで救われる」

 

という「教え」で人を導き救おうとしたわけですが、
今、わたしたちはそれを普通に「知って」いる。

 

 

 

自分の中のたくさんの「自分」を赦し、愛し、
手を携えて生きていくことを知っている。
そこにこそ幸せがあることを知っている。
(サクッとできるかは置いておき)

 

 

 

 

 

ここまで書いて、
人の意識の広がりも進化も、親鸞はじめ、多くの人たちの「修行」
(人間の探究・心の探究・信仰の探究ときづき)
の先にあるものなんだよなと。

 

 

そう考えると「現代人の上から目線」の
「やめなよ、そんな無駄なこと」
ではなく、

 

「ありがとう。あなたたちの『旅』の先に、今の私たちがいる」

 

ということかなあと今、思いました。

 

 

 

 

ちなみに、親鸞の声が櫻井孝宏さんで、その奥様の「玉日姫」の声が花澤香菜さん。

「でた!水柱と恋柱…」

と思いながら見ていたことでした。

マイナーアニメながら、声優さんが豪華でした。本当に。

(櫻井孝宏の声で「なむあみだぶつ」が聞けるレアな感覚&至福感)

 

 

「場の力」を知れー「してあげる」ことだけが親の仕事ではない

 

 

 

 

 

幼子の遊ぶ様子を、同じ部屋にいて20分間「ただ見守る」ということができない、

という親の訴えが次のようなもの。

 

「手を出そう、口を出そう、先回りして指示しよう、道を指し示そうとしてしまう。
親の役割というのはそういうものだと思っている」

 

 

 

「それはこうだよ」
「そのおもちゃはこうやって遊ぶんだよ(と「正しい使い方」を示す)」
「次はこれをしたら?」

 

 

(子育て番組の話です。
子どもの中に「アタッチメント(乳幼児が親との間に築く信頼)」
を育てるために、親が20分間、口を出すことなくただ「遊びを見守る練習」をする)

 

 

 

 

教員でも同じようなところが(わたしは、ですけど)あって、
よーくわかる。

が、これでは育たないらしいのですね。

 

 

子どもの絶対的な安心感。見守られているという安心感。
その土台の上に乗っかって初めて子どもが発揮することができる、

 

 

 

「自分でやろう、自分で行こう、自由自在に冒険しよう、どこまでも行ってみよう」

 

 

 

という「自立のこころ」。
(将来、「自立心」となって発揮されるであろう「心の種」と言うべきか)

 

 

それには、
親との空間が「絶対的な安全・安心の空間」であることが絶対条件なのです。
そこを「安全基地」として、
子どもは初めて興味を外界へと向け、冒険できる。

 

 

 

 

 

 

その親御さん、悪戦苦闘の末、一つ「会得」する。
「ああ、これなんですね、これでいいんですね!」と。

 

「今、私は太陽なのだ」
とその親御さんは言いました。

 

「そう思うと、手も口も出さず、ただ見守っていられる」と。

 

 

 

 

 

何かをする。してあげる。与えるのが親の仕事。大人の仕事。
違います。

(とあえて言ってみる)

 

 

親の仕事は、まず「そこにあること」なのです。

 

存在すること。
最高の状態で、存在すること。
太陽のように、さんさんと絶対的な安心感と「愛」でもって、
ただ「そこにいること」。

 

 

Doing(何をするか)の前に、Being(どうあるか)なのです。
(こちらもどうぞ。
https://commu-w.net/2024/11/10/それはつまり
『それはつまり、親の努力じゃなく言葉になはらない意識の方が伝わる、ということじゃなかろうか』)

 

 

 

 

 

場の力、というものの大切さ、凄さを知る。
その空間に溢れる「空氣」。
自分の身体から出て、その空間を形作っている
「何か」についてもっともっと敏感になる。大切にする。

 

 

 

「何かをしなければならない」「役に立たなければならない」
が一番になると、
「それに貢献していない人」「それができていない状態」の評価は
一氣に下がります。

 

けれど、そうでしょうか?

 

 

 

 

昔から日本人は、「場」という感覚を大切にしてきました。
(プレイス、ではない、たくさんの意味のこもった概念であり感覚です)

 

何かが「出来る」という小さな視点のみでなく、

 

 

「場を作れるあり方」
「場を温められるあり方」

 

 

そのものに価値をおき、
大切にしてきた民族ではないでしょうか。
(と、大昔の、祖母の膝の上の「あの感覚」を思い出しています。あれより「無上の愛」の体験を未だ知らない)

 

 

 

日本人は、いつから「場」というものがわからなくなったのだろう?
疎かにするようになったんだろう?
と思います。

 

 

「場の持つ力」を知れ。
自分が自分自身の存在で、あり方で、波長で
「どんな場」を作っているかを、知れ。

 

 

 

「何をしたらいいの?」
「どう言えばいいの?」
「どう言えば伝わるの?」

 

 

 

 

のはるか以前、
コミュニケーションの根っこの根っこの大切な部分です。

 

 

 

コミュニケーションについて学ぶとはつまり「愛の表し方」を学ぶということなのだ

 

 

数日前、仕事先で連絡窓口となってくださっている方から、

 

「私も(研修案を)拝見させていただきました。

一人の親としても、大変参考になることが多く、
○○という役職の方だけでなく、
親としても勉強させていただきたいなと思うところでした」

 

の言葉と共に、
ご自身のお子さんとの関わりにおける、
とあるシーンへの(後悔の)思いが綴られたメッセージが届き。
(「タイムマシーンがあったらあの時へ戻るのに」と)

 

で、思ったわけなのです。
(たくさんの親御さんの似たような声、いわば「心の叫び」を思い出しつつ)

「ああ、お願いだから自分を責めないで」

と。
それはその時のあなたの(全ての親御さんの)
精一杯だったのだから、と。
で、最近思う
「この連綿とつながる『悲しみ』『もどかしさ』」は何なのだ、
という思いがまたむくむくと頭をもたげ。

 

 

で、
次のようにお返事を返しました。

 

 

 

*  *  *  *

 

「コミュニケーションについて学ぶとは、
つまり、

『愛の表し方』

を学ぶということなのだ、と思います。
他者への愛。
そして、自分自身への愛。

 

わたしたちはそもそも、
たくさんの愛を持っていますけど、
それを「適切に表す」「適切に伝える」すべ、を知らない。

 

自分の親も、その親も、その親も…

 

そんなことを教わっていないし、
知らなかった。

 

(特に、80年前、戦争が終わった時に、
一度大きく断絶してぐちゃぐちゃになった、と思います。
世の中の激変、価値観の激変。
あの時、日本の大人たちはみんな、
自分自身を信じられなくなった、と思うのです。
その傷(固まった心と身体)をわたしたちは受け継いでいる)

 

あなたのお子さんへの(後悔している)言動。
その、
根っこの根っこの深いところにあった、
あなたの「本当の願い」。

それは、
ご自身の不安もあったやもですが、

そのさらに奥には、お子さんへの「純粋なる愛」
がダイヤの原石のようにしっかりと存在していた、
と思うことなのです。

 

*  *  *  *

 

 

「愛を表現する」
「愛を伝える」

 

20代、
エーリッヒ・フロムの「愛するということ」を読んで
「いっちょんわけがわからん…」
だったのですが、
それでも、最終章に出て来る

「愛とは修練である」

の言葉はとても印象に残っています。

愛とは。
愛を伝える、愛を表現するということは、
「練習あるのみ」なのです。

 

どろつき大根のままで
(洗うことも、皮を剥くこともなくそのままで)

「さあ、受け取ってくれ」
「どうして理解できないの?受け取ってくれないの?食べてくれないの?」

と言われても、
相手にとっては咀嚼は愚か、口にすら入れることができない。
(けれど、みんな案外「それでいい」「それが普通」
「自分、不器用だから…」レベルの認識で止まっているのが
「コミュニケーション」の分野なのではないかと思っています)

 

*  *  *  *

 

 

「わたしたちのような仕事の者の役割は、
それぞれが、その「ダイヤの原石」に気づいていただき、
楽しく磨いて「本来の美しい光」が
周りにしっかりと届くためのお手伝いをしているということでしょうか」

 

*  *  *  *

上のように続きを書いて、終わったことでした。
(我ながらいい喩えだなーと思いつつ)

 

 

 

まとまりませんが。
今年もそういう場でたくさんの人にお会いできることが
とても楽しみなところなのです。

 

 

 

追伸:
では、昔の日本人はそんなに「愛」を伝えるのがうまかったのか?
ということなんですが。

「言葉」がうまかった、ということではなく。
(何せ言葉は「今夜は月が綺麗ですね(=I LOVE YOU)」の世界なので)

「身体」が今とは違っていたのだと思います。
身体が常に「温まっていた」(体温ということだけではなく)。

 

柔らかく、豊かにコミュニケーションのためのセンサーが広がり、
リラックスした身体で
昔の日本人は生きていたのだと思います。

(渡辺京二「逝きし世の面影」にその雰囲気を感じることができるのではと)

 

つまり「いるだけで」「お互いそこにいるだけで」
安心感や、つながりの感覚や、愛おしいという感覚や…
そういったものが
溢れている身体、やり取りできていた身体、といいましょうか。
(昔、ばあちゃんの膝に乗っかっていた頃に、そういう感覚を
感じたことがあったように思います)

 

2025年(令和七年)、明けましておめでとうございます

 

 

 

 

 

明けましておめでとうございます。

今年も皆さんにとりまして、お一人お一人の持って「生まれた響き全開」の

素晴らしい年となりますよう心よりお祈りいたします。

 

 

 

 

 

 

元旦、初日を撮りに行き、

ものすごく、それはもうものすごく頑張った割に

(だんだん日が高くなってきて、目が痛くなるくらいに)

今一歩「よし!」というものが撮れなかったので、

今年の年賀状は上記のようになりました。

素材サイトからダウンロードした梅の一枚を使って作成。

 

 

 

 

そして、「素敵な初日✨」なんですが、

知り合いの方々がそれぞれの「マイベスト初日」を送ってくださり、

「なんだあ〜、ここにあったのかあ」と。

 

 

 

 

年末、ギリギリまで仕事をしつつこの年始を迎え、今日は3日。

改めて実感したことは、

 

「無理しない」

「適度」

「良い加減」

「このくらいで…」

 

という風が吹き抜けていくような「軽やかさ」の重要性。

(特にこだわりすぎのきらいのあるわたしにとりましては!)

 

 

 

 

 

今年は、そういうふうに一年を楽めたら最高だなあと思っています。

どうぞみなさま、本年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

つまり、日本人の「自然の摂理」を五感で見て、聴いて、感じてキャッチして表現できる繊細な力が、世界に認められているように感じる

 

 

 

日本の「伝統的酒造り」が無形文化遺産に登録決定しましたね。
我がふるさと、鹿児島にもそれこそたくさんの焼酎蔵がありまして、
みなさん、本当に嬉しいことだろうなあと思うことなのです。

 

で、早速に「酒作り」の特集番組を見て、
「すごいなあ」とその凄さを噛み締め、味わっていたところでした。

 

 

 

 

日本人の食と健康に欠かせないたくさんの伝統的発酵食品。
その元となる
【麹菌(アスペルギルス・オリゼ)】は国菌。

 

で、
それをずっと「繋いで」きた種麹屋さんが出ていました。
三百年前、室町時代からずっと、種麹を「植え継いで」育ててきた。
今でも、その人たちが育て増やした「種麹」が
日本中に渡っている。

 

 

自然に蔵にあった菌を、「育てる技術」を室町時代から持っていた、と。
すごい…。
すごすぎます。

 

 

 

 

 

そして、杜氏さんの言葉。

 

「五感を駆使して、麹の状態を見極める。
触ってわかることがたくさんある。
熱。水分のこもり具合…

 

麹が自分の力で。
自力で、自分で自分を作っていく。
それの環境を整えるのが親、っていうふうに思えば、
子どもの力に応じて、それを生かした育て方が重要」

 

 

 

 

この言葉が、一番胸に「ぐっと」ときたんでした。

 

結局、人間は、
「自然」に学んで、大自然の動き、はたらき(摂理)をよーく見て、
それを「法(のり)」として(方法、でもいいか)動くのが、
一番間違いがないんじゃなかろうか、と。
全てにおいて、です。
教育。
医療。
商い。
政(まつりごと)。

 

 

 

かつて。
わたしたちには、それをするだけの「ゆったりとたゆたう時間」と、
それをキャッチするだけの繊細な感覚。
そして、大自然への畏敬と感謝があったんでしょうね。

 

 

 

 

仕事の前、神棚に全員で手を合わせる杜氏さんたちの姿を見ながら、
「仕事」というものはなんでも、
昔は「祈り」と隣り合わせ(というか、同義)だったのかもしれない、
とも思えました。

 

祈り、という言葉がピンとこないというならば、
「感謝と切なる願い」
でしょうか。

 

 

 

自分一人の力では何も生み出すことはできず、
「いただいているのだ」ということがわかっている。
自分も「大きな摂理」の一部となって、
大切な人たちの健康や心の充足や幸せのために
「これ」を送り届けるのだ、という願い。

 

 

 

酒造りのような、自然の力を借りるものだけではなく、
全てにおいて、そういうスタンスが根底にあったのではないか、
と思えます。

 

 

 

 

今日はまとまりませんが。
自分自身もそういうふうに仕事をしたいと思いますし、
そういう姿勢で「素晴らしいものや場」を生み出し続ける
たくさんのプロフェッショナルたちが、
わたし自身の身近にもたくさんおり、
(多くの人たちの顔が浮かびます)

 

 

また日本の国全体としても、こういった多くの方々の恩恵を
被る(こうむる)ことができる環境にあることを、
幸せに思うことなのです。

 

 

 

 

この秋「すごいぞ日本文化」と思ったこと(蹲踞と菊と慶応元年)

 

 

 

少し前、11月下旬にFacebookにあげたんですが、

こちらにも書いておきたく。

では早速ですが、この秋感じた「すごいぞ日本!」シリーズ、3本です。

 

 

❶大相撲、呼出さん(若い子)の蹲踞《そんきょ》がすごい!
❷鹿児島名所、仙巌園には65年前から咲いている菊がある!
❸その仙巌園内の博物館『尚古集成館』が慶応元年当時に戻っているぞ!

 

*  *  *

 

❶大相撲九州場所での話。

「本日の取り組み」を書いた用紙を
行事さんが一枚づつ観客に披露する場面があるのだけど、
その横に控える呼び出しさんの「蹲踞(そんきょ)」がとても美しい。

 

多分5分くらいはかかるコーナーだと思うのだけど、
その間微動だにせず、
背筋をまっすぐに伸ばして蹲踞の姿勢をキープし続けている。
上半身は「用紙をとり、回しながら観客に示す」という結構な動きがありながら、
下半身はスッと気持ちいいくらいに
地面からまっすぐに立ち上がって安定している。

 

今、このくらいの年齢の子で、きれいに蹲踞ができる子というのは、
正直とても少なくなっている、と思う。
(もはや生活の中で、この姿勢をすることがなくなってきていますんで)

そして、
これらの「身体の使い方」ができなくなってきていることが、
心身ともに日本人に悪影響を与えているのでは、というのは、
いつも書く通り。
(わたしは「よろしくない影響」だと感じているけれど、
そこは人それぞれかもですが)

 

これは、やはり相撲の世界に入ってから訓練をするのだろうか。
それとも日々の修行精進の中で自然と身につくものなのだろうか。
(多分後者だろうとは思いつつ)

 

その旨、聞いてみたく「日本大相撲協会HP」へと行ってみましたが、
「問い合わせに個別の回答はありません」とのことで。
いづれ明らかにしたいと思っているところです。

 

 

*  *  * 

 

❷正確にいうと、65年間「ずっと咲き続けている」というわけではない。
(季節ガン無視でそんな菊があったら逆に怖い)

 

65年前、「仙巌園菊まつり」を始めた時から、ずーっと
子、その子、そのまた子…
と、一つの株から受け継いで、咲かせ続けている花がある、
ということです。

 

「今咲いているこの花、65年前から同DNAってことですよね!」

 

と、仙巌園の菊のプロフェッショナの方を前に、
つい大興奮してしまいました。
すごい。本当にすごい。

 

ちなみに、菊のプロフェッショナルさん、
菊まつり前数ヶ月は、
「もう、ビニールハウスの前で寝たい」
くらいに緊張されるらしく。

 

鹿児島の仙巌園といえば、錦江湾沿いの海端。

お殿様のお屋敷なので、一番景色のいいところに陣取っているのですよね。

けれど、それだけに台風直撃ルートにもなっている。

この間の台風でも、施設の屋根が剥がれていましたし。

そして、菊。

台風となれば、六千鉢くらいを避難だせるのだそう。

 

 

生きているものを「その日」に向かって準備し、
ピークを持ってくるということの大変さ、
伝統の重さ、責任の重さ、楽しさ、職人さんの矜持…
そんなものもじっくりと感じられる「仙巌園菊まつり」。

機会があったら見に行かれてください。

(そして、65年ものの菊はどれですか?と聞いてみてください。

きっと、職人さんが喜ばれることと!)

 

*  *  * 

 

 

❸慶応元年の壁に頬を押し当て、すりすりして

慶応元年の歪んだ窓ガラスに我が顔を映して、慶応元年の重い鉄の扉をキイキイできます!
(※すみません、キイキイはできません。叱られます)

 

と、上のようにfacebookに書いたところ、

知人から「公子さん、嬉しそうねえ」と書き込まれていたんでした。

はい、嬉しかったです。

 

この10月に全面改装し、リニューアルオープンした
「尚古集成館」。

慶応元年(1865年)に竣工した日本最古の「石造」の洋式機械工場の建物なのですが。

以前は、窓を塞ぎ、館内を黒で統一し、外光を遮断した中で、
ライトを駆使して展示の空間が演出されていましたが、
今回行ってみると…

 

戻ってました。
当時のまんまの白い壁。
当時のまんまの窓から柔らかく差し込む自然光。

 

「ああ。これって…慶応元年と同じ明るさなんだなあ」

 

としみじみ。
窓はところどころ歪んだ板ガラス。
当時は丸いガラスを板に伸ばしたんだそうで、
自然と歪みができたんだとか。
(この歪みが堪えられません)

 

 

鉄の扉も、全部そのままそこにあって、
天井を仰ぐと、なんだか昔ここで仕事をしていた人たちの
ざわめきや熱気が聞こえてきそうな。

 

ちなみに、
直径3メートル?くらいの鉄の巨大な歯車は、
「受付ブース」の外枠になっていました。

「これ、思う存分触っていいんですよね」
「どうぞどうぞ😃」

ということで、ベタベタ触ってきました。

 

 

 

「保全」と「活用」。

これが、仙巌園に課せられた使命なのだそうで。
この2つを両立させるため、
ほんっとうに「あの手この手」。
(という表現ですととても軽くなってしまいますが)
頑張ってらっしゃるんだなあと。

 

ちょっと掘ると「何か出てくる」ので
(歴史的なものがですね)
掘れない。
仕方ないから施設を作る際には「土を盛る」。

 

台風があると壊れる屋根。崩れる土壁。
それもサクサクっと修理できるわけではない。
(手続きが山ほどあるらしい)

 

 

「保全と活用」
の難しさと努力をたくさん聞いて帰ってきたのでした。

 

そして、小さなことなんですが。
この日、仙巌園の駐車場に止める段になって、
料金が値上がりしているのにちょっとびっくり。

けれど、帰る頃には、
「いいよいいよ〜、仕方ないよ〜😃
値上がり分、菊の苗買ってね♪」
という気分になって帰ってきました。

 

「知る」(共感する)ことの大切さも、味わって帰ってきたことでした。

 

(※ちなみに10月1日から入園料も改定されていますんで
行かれる方はチェックです)

 

*  *  *

 

以上、この秋の「ここがすごい。素敵な日本」シリーズでした。

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