「深知今日事ーふかくこんにちのことをしるー」

人馬一体の心地よさ

 

 

 

 

 

「わたしの馬があんまりやりたい放題やらないように、
抑えられる力がほしい」

と、
なんとも分かりやすい喩えでテーマをおっしゃったクライアントさんがいました。
正確には「わたしの中の馬が」でしたが。

「ともすると、ものすごく走り出す」
「あんまり自由に走らせすぎていいのだろうか」
「手綱をつけておかなくては」
「あんまり暴れすぎると困る」

云々。

数十分後。
この方が氣づいたこと、それは

「馬こそが本当の自分。
馬が存分に走れるように、
馬の邪魔をしないように、
『わたし』が静かで、穏やかであること」

でした。

この方が「馬」と呼んでいたものは、
自分にとっての自由でワクワクする感覚や感情、
それを味わうための行動。

怖がっていた馬の存在こそが

自分を自分たらしめるもの。
それを存分に走らせることこそが、
自分のすべきことなのだ、と。

今、
この方はまさに「馬」と一体となって、全力疾走しています。
「人馬一体」。
その姿のなんと自由で楽しそうなこと。

そして、
その「楽しさ」「幸福感」が、
見る間に周りに広がっているのが見えるのです。
(この方、一つチームを立ち上げたのですが、人がするりと集まってきます)

「馬」を
「無意識」「身体」「本質」「魂」… 
「わたし」を
「意識」「思考」「エゴ」…

まあ、なんと呼んでもいいのですが、
とにかく「人馬一体」「神我一体」な人間はほんとうに美しいものです。
生き生きしている。
そして、労せずして、踊るように、歌うように、
多くのことを成し遂げます。

「それ」を出してはいけないと、実は誰も言っていない。
それはふさわしくないと、
大人しくしておけと、実は、誰も言っていない。

それを止めているのは、
あなたのほかにはいないのかもしれません。

 

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