最近、ウエディングプロデューサーをしていた頃のことをよく思い出すのは、
当時の同僚と最近、
フェイスブックで繋がり、たまにやり取りをすることがあるからなのです。
その人は今、古民家にてフレンチレストランをしており、
当時のあの仕事ぶりから察するに、
そのレストランには、微に入り細に入った、細やかなもてなしが、
氣っ風のいい爽やかな風と共に吹いているんだろうなあ、と思うのです。
さて。
その仕事をする際に、色々とたくさん勉強をしました。
例えば、
「ウエディングケーキをみんなで食べる意味」
なども。
「丸いもの」というところの意味の他にも、
みんなで同じものを食べる、というところに、
祝福や、共有、幸せを分かち合う、という意味もあったような。
で、話は飛びますが、
昨日「夜のピクニック」に行きまして。
「食べたいものは持ち寄り」の。
シートの上にずらずらと並べられたもの数々。
・ペンネ
・パプリカのクリームチーズ詰め
・ノドグロの干物
・フグせんべい
・クロワッサン
・チーズケーキ
・ねったぼ
・ポテチ(トリュフ味がポイント)
・チーズかまぼこ
・ブロッコリー(冷凍)
…
鍋と火を持参でカマンベールチーズを溶かそうとする者あり。
(ここに冷凍ブロッコリーをin)
酔ってのどぐろをばらまく者あり。
まだまだたくさん並んでいて書ききれないんですけど。
どんな風にして作ってきた、とか、誰が作った、とか。
どこでどんな風に手に入れた、とか。
目の前の食物を手に取るたびに賑やかで。
(親が作ったの〜。ひとパックでいいって言ったんだけどね。
ああ、親ってそうだよね、とか)
その人の「味」をみんなで共有する。
一緒に味わいながら話を聞く。
そこに、その人の嗜好はもちろん、
生活が見える。
家族が見える。
歴史が見える。
人生が見える(大げさ?)
みたいな。
その時にふっと
「みんなで、一つのものを食べる意味」
(さっきの、ウエディングの)
というのを、
妙に「ああ、そうか!」と腑に落ちて思い出していたんでした。
こういうことね!!!
この感覚ね!と。
昨日は、
いろんな人の「珠玉の一品」を通して、
みんなをより愛おしく感じた秋の夜、でした。
(次回は「マイFavoritep駄菓子持ち寄り」を提案中)
食(感覚)を共有すること。
人間にとってもっとも原初の欲求であり、
生きるための必須であり、
楽しみであり…。
それを共有するということ。
(中身もですが、やはり、「時間と場」でしょうか)
馬鹿になりません。
大切です。