わたしたちは「本当に伝える」ために生きている。
コミュニケーションのための身体センス(sense )を磨き、
伝わる声と言葉を手に入れる。
「言っていることが正しければ聞いてくれる」
「内容が良ければ伝わる」
そうでしょうか。
ここを疎かにしている人が日本では特に多いのでは、と思うのです。
(学生の頃に出会った数人の先生の講義や言葉を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか)
コミュニケーションには2種類あります。
・ バーバルコミュニケーション/ノンバーバルコミュニケーション
「バーバル」とは「言葉」。
言葉によるコミュニケーションと、そうではないコミュニケーション、つまり、「言葉以外の部分で伝わるコミュニケーション」が存在する。
そして、常に先に伝わるのは「ノンバーバル」の方です。
言葉の中身より先に、わたしたちは「発信者の身体から発する情報」をまずキャッチします。
姿勢、目線、服装、髪型、表情、雰囲気、そして、声。
どんなにいい言葉も。メッセージも。
その声では伝わらない。その表情では伝わらない。その身体の状態では伝わらない。そんなことも起こる。
「相手はあなたの言葉の通りではなく、あなたの身体の通りになるのだ」(竹内敏晴/演出家)
大人として。リーダーとして。よりよいコミュニケーションに必要な身体のセンスを磨く。伝わる声と言葉と身体を持つ。
それは、十分に意味あることではないかと思うのです。
世の中に情報はいくらでもあふれています。 必要ならば、いくらでも自分でそれを取りに行くことが出来る。
今、目の前の人があなたから聞きたいことがあるとしたら、それはきっと、つきつめると「情報」ではないのです。
目の前の人が知りたいのは 究極「あなたが何者か」ということ。
何を大切にし、どんな感情を大切にしているか?どんな価値観を持って生きている人なのか?
何を願って「それ」をしている人なのか?どんなエネルギーをもって世界に関わろうとしている人なのか?
それを、コミュニケーションの世界では「プレゼンス」と呼びます。
「プレゼンス(presence)」。存在感。
あなたの全細胞からにじみ出る「何か」。
あなた、という人間がそこに生き生きと立ち現れたときに、はじめて人はあなたの言葉を「聞きたい」と思うのです。
あなたの提供するものや世界を「あなたから得たい」と思うのです。
もともとある自分の中の「それ」をしっかりと呼び起こす。存分に発揮する。それこそが、何よりの、あなたからの世界に対してのギフトです。
自分を伝える「すべ」を磨く。 あなたのその声で、その身体で、あなたの言葉を語る。あなたの物語を語る。
それを待っている人たちがいます。
ワークショップ展開 例 (抜粋)
誰が体験している?−こんな方が受講しています
- 講師としてスタートする方
- 人と接する仕事の方
- 「提案」が日々の業務になっている職種の方々
(コーディネイター・プランナーなど) - 先生
その他
- 人の中心になる場面が多い方
- 人前に立つ場面が増えた方
- 日頃、思考重視であまり五感を使わない方
- 声が小さいことを気にしている方
- 面接を控えた方
等
「マイクを使っても『伝わらない声』がある」
耳に聞こえてはくるけど、身体に入ってこない。
そんなスピーチや講義を何度も見たことがあります。
いや、マイクを使っていない時よりますます伝わらない。
きっと「マイクがあるから」と安心しているんだろうな、と思って見ていました。
肉声でもしっかりと伝わる人がマイクを使うのは構いませんが、
「声が小さいから」「届かないから」
という理由だけでマイクを使っても、やはり伝わらないものは伝わらない。
これはどういうことかというと、
つまり「声」=「意識のあらわれ」ということです。
「伝えたい」「届けたい」という気持ち、欲求を持たない人がマイクを前に喋っても
絶対に「伝わらない」。
機械は単に、音を増幅するだけであり、
準備した完璧な資料やパワーポイントは、やはり「資料」でしかない。
(そして、多くの人の「プレゼン準備」はだいたいここで終わっている気がするんですが)
「意志なき声」「心と言葉がずれた声」は、聞き手にとっては雑音にしかなりません。
100人が同じ広さの会場で、同じ資料を使って同じことを喋ったとしても。
「あなただから伝わる」「あなたが伝えることに意味がある」「あなたについていきたい」
と。そのために、わたしたちは今日も言葉を使い、何かを伝えるのではないでしょうか。
受講者の声
《声のワークショプ(表現・プレゼンスの開花に特化)》
「声を出すということの新鮮で単純な快感」
先日は声のワークショップ、ありがとうございました。
本当に新しい発見ばかりで、楽しく、学びの多い時間でした。
声を出すことへの新鮮で単純な快感。
伝えるという意志を持った声を発することの大切さ。
あれから、自分が日々無意識に扱ってきた声に対する意識が変化しています。
今の私は、本当に伝えたいと思ってる?それとも曖昧にしたがってるの?
そんな問いかけをしている自分がいます。
「声」も「体」も「心」も
いつでも「そこ」に繋がれることの強さ、
そのことを知っていることで見えてくる景色
広がっていく世界の広さは本当に豊かなものだと感じます。
まだまだその入り口に立ったばかりの私ですが、
この「喜び」の感覚を大切にして、臆せず進んでいきたいです。
貴重な出会いと時間に感謝しつつ、またの機会を願って。(40代 女性)
「自分の細胞が喜ぶ言葉や声を生み続けていきたい」
先日のワークショップでは本当にありがとうございました。
実は私、あんなに堂々と気持ちよさそうにおなかから声を出している女性を間近で拝見するのが初めてだったのです。目から鱗でした。
そして躍動感というか、声がもつパワーを感じて感動していました。
中村コーチそのものから声の届け方、伝え方を意識することの大切さがとてもわかりました。
私の前でコーチが一生懸命、視線の向きや声を引き出してくださるようにタクトを振ってくださっていた姿が眼に焼き付いています。
あれから、何となく私の中では中村コーチが妖精のように、目の前で合図を送ってくださるイメージを持って生活しています。
そうすることで自然と笑顔になれますし、意識のベクトルがはっきりします。
それから、私のなかの軸を意識することが何より大事なんだということを学びました。
私の細胞が喜ぶ言葉や声を生み続けていきたいです。
(40代 女性)
「『今、楽しんでいますか?』にハッとしました」
声は人そのものですね。
自分の中にある思い・志・希望・喜び・楽しさ・不満・苦痛・悲しみなどの
状態がそのまま出るのですね。
最後のワークの時に気づきました。
私たちが練習しているところに来て、中村さん言った一言、
「今楽しんでいますか」にハッとしました。
そこからチームの状態(私の状態も)が変わり、
良き流れになりました。みんなの声も変わったのではないかと思います。
ありがとうございました。
これからのライフワークに役立てていきます。 (50代 男性)
「自分の体の感覚にゆだねる体験は新鮮でした」
とにかく楽しいワークショップでした。
普段は思考を頼りに行動することが多いので、自分の体の感覚にゆだねる体験は新鮮でした。
また、声を出すことが気持ち良く本来の自分を取り戻したような感覚になりました。
このワークショップをお勧めするとしたら、”新たな自分を発見できるワークショップ”だと伝えたいです。
また東京でワークショップを開催する事がありましたら是非参加したいです。
ありがとうございました。 (50代 女性)
「これまでは誰かに何かを、本当の意味で届けたい、と望んでいなかったことに気づきました」
自分の声が変わっていくのと同時に、自分の心が開かれていくのを感じました。
自分の話す言葉や声が「これだ!」と思い込んでいましたが、変えられるのだ、と理解しました。
自分と向き合う時間にもなり、濃い時間でした。いろいろなワークひとつひとつが楽しくもあり、
ついつい自分の癖に注目してしまい、苦笑いすることもしばしばでした。
また、これまでは誰かに何かを、本当の意味で届けたい、と望んでいなかったことに気づきました。
(40代 女性)
「思い切って表現でき、自分でも嬉しかった」
毎回思うことですが、自分で「声を人に聞こえるように出す」のは、出来るようで、なかなか出来ません。
でも、その自分の殻を破って自分なりに声を出せると、新しい世界が広がっているような気がします。
今回も新しい自分の道が見えたような気がします。
思い切って表現でき、自分でも嬉しかったです。
普段、人前で何かを言う機会なんて、ほとんどありませんが、このセミナーで自分が「なりきれる」ことが、新しいものに挑戦する一歩になるような気がしました。
新しく何かに挑戦する人 引っ込み思案を治したい人 自分の殻を破りたい人 大声を出してすっきりしたい人 今の私のように、人前で言う機会になれたい人 声が小さくて損をしている人
には、一度セミナーに出られる事をオススメしたいです。
私も今は人前で、人を笑わせられるぐらいのスピーチができることを目指しています。
自分の言いたいことをわかりやすく、そして興味深く人に伝えられれば、と思っています。
また、お会いできる日を楽しみにしています。
今回はありがとうございました。
(40代 女性)
「知識だけでは変えられないものを、身体を使って体感しながら変えていく」
声が変わると、身の回りのいろいろなことが変わります。
潜在意識と声はとても密接で、私たちは想いを声に乗せて伝えることができる生き物です。
しかし、大人になるにつれ、声よりも「言葉」が大切だと考えるようになってしまいます。
このワークショップで「言霊よりも声魂」だと強く感じました。
心の奥からの声を届けられるようになると、自分自身が心地よく、また、周りへの伝わり方も
とてもスムーズになります。
日常のいろいろなところで自由に自分を表現できて、人生がとても豊かになりました。
先日上京した際に「突き抜けたんでしょう?」と知り合いに声をかけられて、
声のワークショップのことを、あちこちで話しました。
知識だけでは変えられないものを、身体を使って体感しながら変えていく。
目指すところが同じなのだな~と。
他県のお友だちから、こっちではやってないの?と聞かれたので、
機会があったら他県のお友だちにも教えてあげたいです。
単発のワークショップなど、これからもぜひ参加したいです!よろしくお願いいたします。
(20代 女性)
「声は、私とあなたをつなぐ『橋』的な存在であるとこの講座を通じて感じました」
同じことを繰り返ししていくうちに、目(耳)にみえて自分自身とのつながりが強化されていくのを感じました。
声で自分の自身とのつながりを感じることは、生まれて初めての経験。一つ宝物がふえた!と嬉しい感じ。 一見地味ですが、自分の声を自分に馴染ませていく過程は私にとって貴重な時間でした。今思えば、それは自分自身を可愛がり、感謝する時間だったのだと思います。
また、日常生活では他者から弱いところを突かれることがなくなりました。
自分とのつながりをもっている状態で発する言葉で相手に安心感を与えるのかもしれません。安心感は信用にもつながり、自分のステップUPの機会もいただけそうです。
また、自身の声を自分で聴くことで自分の状態を客観的に感じることができるので、不安定な状況にも、柔軟に対処できます。
私らしい声で相手に語りかけるということは、縁ある方々とのこれから展開への 期待、私そして縁ある方々の可能性が開花していくことへの喜び、 それらのことを「応える・受けとる」決意表明みたいなものだと感じました。 いいかえると、「声は、橋。」
声は、私とあなたをつなぐ「橋」的な存在であるとこの講座を通じて感じました。
公子コーチから聞く、日本文化の話がとても好きでした。心と身体、そして魂(自身の魂・脈々と続いてきたもの)は、つながっているんだと、話を聞くたびに静かな興奮でした。そんな話をもっと聞きたい!と思っています。(武士の甲冑の話、鳥肌がたちました。)公子コーチの講座は、私達が本来もっている本質的な何かを楽しく体感できる時間でした。私にとって大きな魅力でした。
声のワークを受講している間に、洋々なタイミングが重なり自分の使命がみえはじめてきました。何をするにも自分の思いを伝えることは大切なことなのですが、自分の使命を感じたとたん切実なことになりました(笑)。よいタイミングでした。 これからも、伝えるということを磨いていこうと思っています。
素敵な旅でした。 ありがとうございました。
(40代 女性)
「以前とすると格段に充実感と落ちつき感が大きくなっている」
今回、参加させてもらい一番に感じたことは、「自分が想いを込めていることが、そのまま声に出てくる」ということでした。
迷っていながらすれば、迷ったままの声(笑)が、心と感情が一致していれば、そのままその声が発生する。これの気づきはとっても大きな財産となりました。そして、これまで仕事でもプライベートでも上手く伝えることが出来なかった場面を思い出し、「なぜ伝わらなかったのか」の振り返りの機会もできてとてもよかったです。そして、今でも伝わる人と伝わらない人の「違いをつくる違い」 はなんなのか、検索の毎日です。これは、本当に嬉しいことです。
次に、自分に起きている変化は、毎回、フィードバックの連続ですが、ベクトルの矛先を相手の心の奥底へ向けて「伝えるんだ‼︎」という気持ちをしっかり持つということへの意識です。これは、特に職場において、係のリーダーという立場もあり、いくつかの場面で決断をしなければならない時があります。この時に自分の中で、「ベクトル」という呪文を唱えると、以前とは格段に充実感と落ちつき感が大きくなっている事を感じる事が出来ます。確かに100%意見が通るかというとそうでもないですが、この経験は、今後、人前に立つ上で自分の大切なリソースと実感しています。
また、外的環境での変化としては、徐々に仕事で相談されることが多くなったこと、そして、ある会議の旅費について要望し、予算の枠を超えて自分の係から職員を参加させることが出来たことがあります。
わたしは、今後「職場の人間関係」を専門にコーチングをしていきたいと考えており、魂レベルで仕事に望み、クライアントの真のゴールを共に目指すコーチを目指しています。
今後とも是非公子さんの元で学んでいきたいと思っています。 私は、公子さんのシェアは、わかりやすく明確に伝わるので大好きです。
(40代 男性)
《声と言葉と身体の個人セッション》
⚫︎ 30代 女性(社内講師)
Q1.この場を通して得たものは、どのようなものですか?
声と人間の内面は本当に深くつながっていることを学びました。
セッションを終えた今、改めて、伝える時、イメージすることの大切さ、意識することの重要性を感じています。
これまで自分を支えてくれている人や経験を感じながら、ありのままの自分で、根っこをもって伝えることに意味があることを教えていただきました。
伝えること、そして生きていくことは、自分らしくいることで可能性も広がることを感じました。これまでそうるすことができない自分に向き合える機会を得られたことは大きな収穫です。
Q2.あなたの日常において、どんな変化がありましたか
・大きな声を出して可動域を広げておくと、日常生活の会話が楽になりました。
・自然に声が出せるようになったことで、人との会話が以前よりも楽しく、もっと話したい、やりとりを深めたいという気持ちが生まれました。
・プレゼンだけでなく、日常生活の中でも、今回得たものを大切に人との関わりを楽しんでいきたいと感じています。
Q3.ここで得たものはこれから先のあなたの人生にどんな影響をもたらすでしょうか。
自分らしく楽にいられることは、人とのつながりを広げられるように感じます。
仕事や家庭の中で、自分らしく何ができるのか、したいのか、立ち止まる機会を頂きました。
これまでの思考の枠が、とても広がったように思います。今後、行動する際の力になると感じています。
Q4.このセッションをどんな方に薦めてくださいますか
自分の声が小さいと思っている方/前に進みたい方/自分の内面に向き合いたい方
⚫︎ 40代 女性(講師・プランナー)
Q1 今回のセッションを通じて感じたこと、発見したこと等をご自由にお書きください。
終わってみて感じたことは 「自分らしい表現を思い出す」プロセスだったということです。ためのリズムの感覚やイメージを広げる手法を教えていただいたと思います。
微細な違いを感じて自分なりに表現してみる、またフィードバックを受けてトライする、その過程は難しくもあり、楽しくもありました。
Q2 セッションの前と比べて、セッション後、ご自身の中に起こった変化を ご自由にお書きください。
精神面の変化が大きいと思います。
セッション前は、「私にできるかな」とか「伝えることの価値」に不安を抱いていましたが、セッションを受けてみて、 「私にできる」という自信、「伝える価値のあることを伝える」という使命感が強くなりました。自分がやろうとしていることがどのような意味や価値をもつのか、「大欲」「大志」を感じることができました。
技術的な面では、リズムを感じることや、表現のメリハリ、原稿準備など、短時間でも効果が出ることを習得でき、プレゼンに望めました。
Q3.このセッションをどんな方に薦めてくださいますか
人前に立つ機会が多い方、チームリーダーなど組織を率いる方、自分に自信をつけたい方などにお勧めしたいです。
⚫︎ 40代 女性(講師・プランナー)
Q1.セッションの前と比べて、セッション後、ご自身の中に起こった変化を ご自由にお書きください。
人前に立つとき、余計なものを一切持たず立てるようになったこと。
(以前もないと思っていたけれど、まだあったなあと今は思える感じがします。)
それにより、その場の人々との一体感がより生まれ出るようになりました。
無駄なおしゃべりが出来なくなったことと、自分がそれをしていると察知できるようになった。
Q2.その他、自由にお書きください。
「どんな格好で行けばいいの?」という問いかけから始まった、声のワークショップでした。身体を使ったトレーニングに、余り縁のない人生だったので、あの時ジャージさえも持っていない私でした。ですが、行くとなったら素直にいようと、指示されるままあれこれ取り組みました。
印象的だったのはいろんな場面で繰り返されるこの問いかけ「やってみてどうだった?」
これに答えるために自分の感覚に幾度となくアクセスする必要が生じ、自然に反芻して体験と自分の状態を整理していました。
一人では絶対に行きつけない場所だったと思います。ありがとうございました。
さいごに−
あなたの想いが伝わらないのはもったいない
昔、教員になるとき「何を教えるか」という内容についてはそれなりに勉強したものでしたが、
それを「どう語るか」「どんな声で?」「どんな表情で?」という「表現」については何も勉強しなかったことを思い出します。
考えてみればこれは本当に不思議なことです。
人前に立ち、伝えることをなりわいとしていくプロが、「伝えること」の土台ー「声」「身体」のトレーニングはしないのです。
立ち姿、立ち位置、視線の使い方、声の出し方、空間全体の把握、場の空気を捉える。
50分場を保ち続け、数十人を集中させ、生き生きと動かすために、出来なければならないこと山ほどあります。
発揮すべき「身体の感覚(センス)」は山ほどあります。
しかしそれらは完全に「個人技」という漠然としたくくりに任されていました。(なので、当然大きな差が出来てしまう)
今となればとても残念なことだと思うのです。何より子どもが可哀想だと。
さて、話は教員に限ったことでしょうか。わたしはそうは思わないのです。
この世の中に「他者に影響を与える(他者の成長に関わる)」立場の人はたくさんいます。
特別な人達のことを言っているのではありません。親だってそうです。
毎日子どもを思って掛けるその声、その言葉。それはちゃんと子どもに届いているか? 会社で周囲の人たちに対して。仕事の相手に対しても。
わたしたちは生きている限り「誰かによい影響を与えたい」と願い、言葉を発します。
言葉は、相手の中に入ってはじめて相手に変化を起こします。
どんなに美しい言葉を発したとしても、どんなに正論を言ったとしても、それが相手に「届かなければ」。
相手に受け取られ、受け入れられ、身体中に響き渡り、染み入らねば、意味がない。
変容は生み出せない。
ただ耳に聞こえるだけの声から、しっかりと届く声へ。
どこかの誰かが使い古した手垢のついた言葉から、自分の身体から湧き出づる「生きた言葉」へ。
あなたの声が伝わらないのはもったいない。あなたの言葉が伝わらないのはもったいない。
何より、あなたの想いが伝わらないのはもったいない。心からそう思います。