「深知今日事ーふかくこんにちのことをしるー」

強制デジタルデトックス♪レポート

 
 
 
 
4月末の約3日間、スマートフォンを使うことができず、スマホなしで過ごしまして。
 
 
いけないいけないと思いながら、
寝る前に布団の中でスマホを見る至福の30分💓
スマホを手に、瞬く間に時間が軽く3〜40分「溶けて」いることに氣づく瞬間。
 
 
そんななので、
スマホを持たない3日間。
初めのうち、身体の中になんとも言えない、
変な「ウズウズ」を感じる瞬間がありました。
 
手がウズウズする。
無意識のうちに手がスマホを探る。
 
 
 
それで初めて、
「ああこれもまた『中毒』というんだな」と。
 
 
のべつまくなしに見ているわけではないし、
長時間見るわけでもないし。
自分はそんなんじゃない、と思っていたのですが、
 
立派に「中毒化」していたんだな、
と思ったのでした。
 
 
 
 
よーく考えてみると。
 
 
 
バスの停留所で、みんな一斉にスマホだけを見ている図。
(この間見かけた光景です)
 
 
 
カフェで、
黙ってそれぞれスマホを見ている家族や友人たち、カップルたちの図。
 
 
これは「変」です。
明らかに変で、異様な姿なのです。
 
 
 
 
 
 
「スマホはいかに脳を壊すか」
「AI vs 教科書を読めない子どもたち」
 
 
最近、たまたま読んでいた本なのですが。
とにかく、このままだととんでもないことになるのね、ということが、
多くの研究調査をもとに書かれていました。
(子どもの成長も、もちろん大人の脳の中身も)
 
 
ある意味ゾッとする本です。
ぜひ読んでみてください。
 
 
 
 
 
今回、自分が実際スマホを(強制的に)手放してみて
わかること、
氣づくこと
発見したこと、
たくさんありました。
 
 
 
スマホを手にしているときに感じるのは、
「何かと、誰かとつながっている感覚」
「情報と繋がっている感覚」
であり。
それはわたしにとって、なんだか抗いがたい感覚でもあるのですが、
 
でも言い換えればそれは焦燥にも似た感覚でもあり。
まるで乾きを呼び起こすような?
(食べても食べても、飲んでも飲んでも
「もっともっと」欲しくなる飴玉のような質のものだとでもと言いましょうか)
 
 
 
 
「本物」何であっても静かで、繊細で微細なのだ、と
誰かが言った言葉を思い出しつつ。
 
 
 
 
とにかく、本当につながるべきは、
「まず自分」
なのだ、と思います。
 
 
 
 
自分の呼吸・自分の感覚・自分の感情・思考。
繊細に、微細に「自分」を感じる。
スマホの前に、実は「真の」情報を持つのは自分の心身なのだ、
と思います。
 
世界を知り、判断する「尺度」は実は、自分の中にある。
 
 
そして、
「自然とつながる」。
鳥の声を聞いて、空を見上げる。風を感じる。
 
 
 
 
 
 
 
人よ(いえ、わたしよ)、スマホを放せ。
そして、自分とのつながりを取り戻せ。
 
 
「何か」に持ってかれてはならない。
何かに乗っ取られてはいけない。
わたしたちは「今」にしか、「ここ」にしかいないんだから。
 
 
 
 
 
 
と、
わたしの「デジタルデトックス」でたどりついたところは、
今、そんなところです。
 
 
 
 
 
 
(写真は姉の家の近くの琵琶の実。先ほど朝の散歩をして撮ってきました。
デジタルデトックスついでに5Gの飛んでいない姉の家(とても田舎!)にやってきたところです)
 
 
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