「深知今日事ーふかくこんにちのことをしるー」

身体レベルでわかると、「それ」は生き方にも適用できる

 

 

 

 

 

鹿児島に帰ってきて

今のダンス教室にまた通い始めてから

今年でちょうど12年が過ぎたことに氣づいたのは昨日。

 

「…一回り!!」

 

と感無量。

 

 

 

そんな節目の今年。

あらためて基本からやり直しています。

やり直してみると、いかに自分の身体をしっかりと使っていなかったか、が

言葉通り、身に染みてわかる日々。

 

 

 

 

先生より、以前からよく指摘されていることなのですが

わたしの動きの特徴は

 

 

「自分で『動かそうとする』」

「『頑張って』やろうとする」

 

 

社交ダンスは

男性からのリードがないと動けない(はず)のダンスなんですが

…待ちません。

これらすべて、わたしの「生き方の癖」に直結しています。

ダンス、という制限のある動きの世界の中で、いつも自分というものを

たいそうしっかり見せつけられてしまいます。

 

 

 

 

 

先生曰く

「ダンスは、力を抜くところからはじまる」

と。

 

 

「自分で動かす」のではないのです。

「力で、作為的に何かをする」のではなく

 

「反動を使って」

「重力に任せて」

 

自然と足が前に出るに任せる。

 

 

そのためには

まずは必ず、身体の一部分の力を「抜く」ことが、初動になります。

 

 

 

「ゆるめる」がスタート。

「ゆるむ」ことからすべてがはじまる。

(これら、何においても共通することな氣がしますが)

 

 

 

「ゆるめて」

「任せて」

 

 

 

そうすると、身体のセンサーがやっとひらく。

身体の重さを感じて

床の存在を足の裏がしっかと感知する。

 

相手と握った手。

その手のわずかな接触点から伝わってくる、

相手の身体の中心に起こる「かすかな動きの波」。

その「波」を自分の身体に移して、初めて自分も動き出す。

そうして、はじめて「社交ダンス」になる。

 

 

そうやって踊るダンスは

二人でしかつくれない「場」をつくり

その波は周囲に伝わって…

見る人の身体に同じ波を伝播し

踊り手と観客は「同じ世界」を体験することができます。

 

 

 

 

 

 

さて、

先ほども書きましたが、わたしの生き方において

 

「ゆるめる」

「任せる」

 

これは2大テーマで

「それが出来ていたらもっとこれまで楽に生きてきたでしょう」

という部分なのですが。

 

でも

それでも、ずいぶんと上手になったところである氣はするのです。

そして、その「上達」に、

ダンスにおける現実の「力を抜く」「ゆるめる」「相手にゆだねる」

という身体訓練が役立っていることは

想像に難くありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「声(聲)」の語源は「越ゆ」。

 

だという説がある、と。

ある能楽師さんの本で読み、

美しいと思いました。

 

 

 

 

 

わたしは

ご参加のみなさんに声をだしてもらう、身体を動かしてもらう、という場面が

とても多い研修やワークショップをしますが

 

 

声が「越えて」いくと

(自分が自分に設定していた

「どうせこんなもの」や「もともと出ないし」「小さいし」を越えたとき)

いつも

100%、その人の「心」ももはや「越えて」います。

新しい地平に立っています。

 

 

 

 

ああ、これが自由ってことなのか。

ああ、これが自分のことば、ってことなのか。

ああ、これが「伝える」ってことなのか。

「伝わる」ってことなのか。

 

 

 

それを

言葉だけではなく

頭ではなく

概念だけでなく

 

「身体」でわかった。

細胞全部で感じた。

 

その瞬間の人というものを見るのが好きでなりません。

その人の人生をずっと助け、発動し続ける「真の力」に目覚めた瞬間を

見た氣がするのです。

 

 

 

 

 

 

氣づくと受験シーズン。

私の周りでも、受験や進路にまつわるいくつものドラマが繰り広げられていました。

 

「軸をもって」

「集中して」

「粘り強く」

「ふらふらするな」「ハラを据えろ」

などなど…

 

たとえば

言葉で子どもたちに「在り方」を示唆(説教?)

なさった方も、もしかしていらっしゃったかもしれませんが。

 

 

 

身体ができないことを、精神はできない。

身体が知らない感覚を、「在り方」において体現することは絶対にできない。

そう考えると

子どもたちの「身体感覚」を培い、鍛錬しておくことは

とても重要、と感じます。

 

 

 

 

(話は飛びますが

学校の授業に導入されたダンス。

ヒップホップのほかに社交ダンスもあれば

子どもたちの「コミュニケーション力&コミュニケーションに必要な身体感覚」

さらに大いに鍛えられるのではないか、と思うのですが。

いえいえ、もともとはそんなことをしなくても、

遊びの中で自然に鍛えられていたんですが)

 

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