「深知今日事ーふかくこんにちのことをしるー」

「的の向こうにあるものは」

可愛くて、使う当てもないのについ買ってしまいました。
「握り皮」というのだそう。
弓の握り手の部分に巻く皮です。鹿の皮。
場所は「全国高等学校弓道選抜大会」会場。
観戦に行ったのです。
初めてのことで、見るもの聞くものすべてが珍しい。

これは弦巻という名前。弓の弦をまいて持ち運ぶ道具。
弓道の道具は色鮮やかで美しいものが多いんですね。
そして、今は矢もこんなにカラフル。競技をする女の子たちに人気なのだそう。

これは「くすね」。「薬を練る」と書くそうです。
「手ぐすね引いて待つ」という言葉の語源になっている、弓道グッズです。
他にも「矢継ぎ早に」「二の矢を継ぐ」などなど…
弓道の所作から今に使う慣用句は多くあるとか。

 

…と、
道具にも心ときめかせ、大興奮だったのですが
もっとも心ひかれたものはもちろん「矢を射る」という行為そのものでした。

十五間。
27メートル先の的に向かって矢を放ちます。
見るからに遠い。とても遠い。
1チーム3人で的に当たった矢の数を競います。
一人四本。

水を打ったような静けさの中、それぞれが自分の「仕事」を成して行きます。
所作にのっとり、静かに弓をとり、つがえ、そして放つ。
衆人環視の中、それは行われます。
ここで行われているのは確かに「数を競うスポーツ」なのですが
真に行われているのは、「自分との闘い(対話)」です。
こんなにもそれがあきらかに「むき出し」になるこの弓道という競技に
胸が痛いような緊張を感じます。

「よし!」
会場が湧くのは、矢が的にあたった瞬間のみ。
的に当たった「パシッ!」という音が心地よい。
逆にはずれたときの「パスん…」という音は何ともさびしく。

射場は板の間なのですが
ここに立つ者は、選手はもちろん、監督さん、係…すべてが「すり足」で移動します。
姿勢を正し、定められた位置に弓を持ち、すっすっ…と歩く。
張り巡らされた幔幕の上からのぞく、次の出番を待つ選手たちの弓の林は
なんだかまるで、古戦場を覗いているよう。

この日観戦をご一緒くださったのは
東京代表として生徒さんをこの大会に率いていらした知人の監督さん。

「静かでしょう?矢が当たってもはずれても…勝っても負けても表情に出すこともなく、
最後までやるべきことをして、そして一礼をして静かに退場する。
ガッツポーズなどとんでもない。第一、あれは相手に失礼です」

とその方。
もちろん、彼女たちも場外に出ると、陰に隠れて泣くのだそう。
嬉しい、悲しい、悔しい…。
目の前の、きりりと鉢巻をしめ、的を見据える姿からは想像もできませんが。
立つ。歩く。背筋を伸ばす。礼をする。
全てがすがすがしく、清らかです。
自らの体を律し、心を律することのできる「型」を備えた人間のたたずまいは本当に美しい。

「的の先にあるものは」。
ふと、そう思いました。
あの的の先にあるものはいったいなんだろう?
自分の日頃の修練、そして自らの心の状態までが

「ただ一筋の矢」

に集約されるごまかしのきかない瞬間を何度も何度も体験する若者たち。
彼らはきっと
かけがえのない「もの」をたくさん心と体に蓄えて卒業していくんだろうな、と思いました。
もちろん、どのスポーツもそうであり、
そのためにこそ子どもがスポーツをする意味はあると思うのですが。

言葉として知らない概念を、心も体も行うことはできない、と聞いたことがあります。
例えば

「腹を据える」。

「落ち着く」と、意味は少し似ていますが違います。
腹を据えてことに当たる。
腹を据えてかかる。
腹を据えよ。
もっと深く、不退転の決意が感じられる言葉です。

言葉として「腹を据える」という言い方があることを知らない人はもはや「腹を据える」
という不動の境地になることはできない、ということです。
そういうあり方があることすら知らないのですから。
さらには
体が実際に「腹を据えて動いた」体験をしているほうが
「腹を据える」という不動の、どっしりとした心の状態をつくりやすい。
体の感覚と心の状態はまさに連動している、ということです。

「集中しなさい」などの言葉。
よく子供に言いますが、そういった意味では、この目の前の若者たちほど
「集中」とはなんたるかを体で知っている子たちはいないでしょう。
そして
体の体験に裏打ちされ、瞬時にいつでも発動させることができるものこそ
「真の知恵」なのです。
そして、いついかなるときも
体に刻まれた知恵は、真の力を発揮し続けます。
彼らのこれからの人生でいつも彼らを助けてるれるのです。

この美しい「型」をしっかりと細胞に刻み込んだこの体が
この若者たちの「心映え」をきっと作っています。
この子たちが大人になったときにまた会ってみたい、と思ったのでした。

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