「深知今日事ーふかくこんにちのことをしるー」

「輝く俳優になりなさい」

「魂の演技レッスン22

輝く俳優になりなさい!」

ステラ・アドラー フィルムアート社中村公子のコーチングna日々♪

演技をする人のための本なのですが

俳優に限らず

自分の体、声を使って

自分の存在そのもので「何かを伝える」ことを

仕事としている人みなに共通することが

書いてあるように思えます。

が、そんなことをさっぴいても面白くて

まるで

自分自身に語りかけられているかのように

宝物を探す旅人のように

一ページ一ページをドキドキしながら

めくっているところです。

(人は皆生きていること、日々の選択自体が「自らの表現」ともいえるので、万人に通じる本、と言ってもよいかもしれませんね)

「あなた方が学ぶのは、二千年の歴史を持つ演技の伝統です。

これらすべてを受け継ぐの。演劇を学ぶあなた方、俳優が」

からはじまる22のクラス。

たくさんの感動の場所があるのですが、今日はこのくだりを。

「今、人物のレベルに合わせた演技ができる俳優は多くない。

反対に偉大な人物を、自分のレベルに合わせて縮小してる。

今、私たちは「ちっちゃく、さりげないのが素晴らしい」って世界に生きてない?

(略)

オイディプス王を演じるためには偉大な俳優でなくてはならない。そう要求された時代がありました。

…役の世界に見合う力量、度量、世界観

―今後それらを総称して「サイズ(size)と呼びます―

が必要とされました。

サイズが足りない俳優はダメなの。

…偉大な作品に取り組むときは、その作家の偉大さに見合うことをすべきです。

その作家のサイズを知り、その幅と大きさを自分の中に作らなくてはならない」

「もしあなたが自分の世代に共通な物事だけにこだわっていたら?

あなたが生まれる前の世代のもの、あなたが知らないことを学んだり、見ようとしてこなかったら?

それは世界全体を無視することになってしまう。すべてが他人事みたいになってしまう。

アメリカの俳優は人や国家の豊かさを過小評価しすぎ。

正反対なのはイギリスの俳優です。「イギリスを表現するのは俳優である自分たちだ」と彼らは感じている。

シェイクスピア劇で王を演じる俳優は、自分の近い親戚を演じるような気持ちで演じます。

アメリカの俳優は、彼らのような環境に恵まれていない。

伝統や歴史への意識を捨ててしまった。俳優として、それは害なんです」

常日頃、感じていたことでした。

自分のすべて

背景、日常の意識の大きさ

そういった全人的なものがすべて、「表現のこの一瞬」に立ち現われてしまう。

だからこそ

万人が伝えることの可能な一つのスキル

それが例えば「初歩の」と称されるものであったとしても

より深く

より大きく(難しく、ということとは違います)

どこを目的とし、どこを見据えて

どんな思いを受け継いで

どことつながって自分がそれを発信するのか

表現するのか

それを思っていました。

仕事に限らず、毎日の生活から、そういう意識をもって生きられたらいいなと。

「生きること」。

日々の生活すべてが「俳優の仕事」。

それを熱く、軽妙に語るアドラーの22のレッスン。

興味ある方は読んでみてくださいね。

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