「深知今日事ーふかくこんにちのことをしるー」

「仁王よどこへいった」

 

NHKの「爆問学問」で

古武術家の甲野善紀さんの回を見て

いたく感動していました。

 

古武術など、まったく詳しくないのでうまくかけないんですが。

西洋的な「パワーで押す」「力がある」=「強い」という概念を全く根底から覆すあの動き。

 

ちょうど昨日研修で

漱石の「夢十夜」の第六夜

「木から仁王を掘り出す運慶の話」をしたばかりだったのですが

(仁王を創っているのではない。もともと木に埋まっているのを掘り出しているだけだ、という話)

まさにイメージとしてはそんなかんじ。

 

頑張って獲得するもの、「ないもの」を努力して獲得する力

(「筋トレ」的な)

 

というよりは

もとから自分の中にあるもの活用する。

自らの体を信じ、体を知り、「身体」というものの本来持っている能力を存分に引き出し、生かすことで

生み出されている力、というイメージをうけました。

体の中で、つなげる、一体となる、といった作業で生み出される力。

 

かつて、多くの日本人が

こういった体の使い方の土台となる

「座る」「立つ」「背負う」「かつぐ」などの体の使い方を、生活の中で自然に受け継いでいたのだと

甲野さんも番組中でおっしゃっていました。

そして、その伝承は今や途絶えてしまったと。

 

斉藤孝

「身体感覚を取り戻す~腰・ハラ文化の再生」(NHKBOOKS)

 

を引っ張り出して見ているんですが

この中に、明治の日本人の立ち姿の写真が出てきます。

 

重心を体の真ん中に置き

両足がしっかりと地につき

どっしりと根の生えた木が自然にそこに立っているかのような立ちっぷりです。

この足、この立ち方。どこかで見たことがあるんですよね・・・。

短い脛。

でも、足の甲までしっかりと地面に吸い付くように存在している。すっきりと無駄のない筋肉。

そう、うちの父の足にそっくりなのです。

生きていれば今80近い父の立ち姿はまさにこの足でした。

 

前出の本。

1937年から10年間日本に住んだドイツ人哲学者ディユルクハイムの『肚―人間の重心』から

こんな一節も紹介されています。

 

「私は大勢の人が集まったパーティーのことを覚えている。

招かれた客は、西洋人も日本人も、食事がすんで、紅茶を手にしたり、たばこをくゆらしたりしながら

輪になっていた。

そのとき、日頃の私の関心事を知っている一人の日本人が私の所へ来て、言った。

 

『いいですか、ここに居合わす西洋人は、もし後ろから押されるとすぐ転ぶ姿勢をしています。

日本人の中には、押してもバランスを崩す人はいないでしょう』

 

と。

この安定感はどうしたら生まれるのだろうか。

重心は上に向かって移らずに、中心に、臍のあたりに保たれている。

すなわち、腹を引っ込めず自由にし、軽く張って押し出す。

肩の部分は張らずに力を緩めるが、上体はしっかりとしておく。

 

ゆえに、直立の姿勢は上に引っ張られた姿の結果ではなく、信頼すべき基盤の上に立ち

自分自身を垂直に保ち、枝分かれする前の幹の姿なのである」

 

父はたいそう小柄な人でしたが

力は強く、20キロのセメント袋くらいならひょいとかついでかついで山道を平気で上り下りしていましたっけ。

その、ぐっと腰で踏ん張り歩く姿は今も鮮明に残っています。

父も、祖父も、みなこの体で生きてきたのでしょうね。

残念ながら、弟にはこの体は伝わらなかったようですけれど。

 

さて、この文章を読んでいて

「立ち姿」が浮かんでくる人がもう一人。それは、私の居合の先生です。

先生のお年も確か70代半ばくらい。

 

先生の足も腕も、決して太くはありません。

でも、その筋肉の陰影は、それはそれは上品で無駄がなく、そして力強くて美しい。

その腕、ふくらはぎ…。

どこかでみたことあるなあと思ったら

「仁王像」の筋肉なのです。

十二神将の筋肉なのです。

「日本人としての体の使い方」を脈々と宿している人の筋肉。立ち姿。

 

漱石の「夢十夜」第六夜はこんな風に終わります。

 

木の中にもともとある仁王像を掘り出しているだけだ、と聞いた『男』は

自分も仁王像が掘ってみたくなり

家へ帰って家の裏の木を片っ端から彫り始める。

 

「自分は一番大きいのを選んで、勢いよく彫り始めてみたが、不幸にして、仁王は見当たらなかった。

その次のにも運悪く掘り当てることができなかった。

(中略)どれもこれも仁王をかくしているのはなかった。

ついに明治の木にはとうてい仁王は埋まっていないものだと悟った」

 

仁王よどこへ行った。

さびしい限りです。

 

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